表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/229

第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・ケースバッティング(主力紹介⑥)

午前練習も終盤、大山監督と谷崎コーチは三塁ベンチ脇からグラウンドを見渡していた。炎天下の中でも選手たちは実戦形式のノーサイン練習に没頭しており、グラウンドには活気と緊張感が漂っていた。


 その中で、ファーストミットを構えて立つ一人の選手に視線が集まる。


「原田、ええ動きしてますな」谷崎が頷く。


 原田圭吾。2年ながら6番に座る右の中軸候補。180cmを超えるガタイと90kg近い体重を持つが、その動きは重たさとは無縁。軽やかに一塁ベース付近を動き、森口や千堂のやや逸れた送球も、まるで吸い込まれるように捕球してみせる。


「アイツがいなかったら、内野はもっとミスで苦しんでるやろうな」監督が苦笑混じりに呟いた。


 その言葉を裏付けるように、高田が送ったやや高めの送球を、原田はヒョイとミットを伸ばしてノーバウンドで掴んだ。顔色一つ変えず、軽く高田に親指を立ててみせる。


 「ほんま、おっとりしてるようで、あれで集中しとるからねぇ。試合になると人が変わる」


 谷崎の声に、監督は無言で頷く。


 その時だった。実戦形式のバッティング練習が回り、原田に打席が回ってきた。


 「おーい、次、原田!」


 後ろのベンチから声がかかると、原田はミットを谷崎に放り投げ、バットを片手に打席に向かっていった。少し猫背気味に歩きながらも、どこか悠然とした雰囲気をまとっている。


 「今日は打ちまっせ〜」と関西弁でぼやき、ヘルメットを被る様子に、一部の後輩がクスリと笑った。


 だが、バッターボックスに立った瞬間、その空気は一変する。どこか緩さのあった姿勢が、打席に入ると同時にビシッと決まる。バットを構える目が鋭く、投手をしっかりと睨み据える。


 カウントは1ボール1ストライク。インコース気味の速球に対して、原田は腰を回しきって思い切りスイングした。


 「おりゃぁああっ!」


 打球は、快音とともに弾丸ライナーで左中間を割った。フェンス手前でバウンドしたボールが跳ね返る頃には、原田は悠々と二塁へ到達。後ろのベンチからは「ナイスバッティン!」「飛びすぎやろそれ!」と歓声が上がる。


 「やっぱり波はあるが、あれがハマると止まらん」監督がぽつりと呟いた。


 原田の打撃は“豪快”と“緻密”の中間にある。圧倒的な打球速度と体の軸の強さで打つ打球は、中距離ヒッターながらもフェンスに届く迫力を持つ。しかし一方で、ボール球に手を出して三球三振に倒れる日も少なくない。だからこそ“6番”という打順が、今の彼にはちょうどいい。


 だが、守備での貢献度はすでにトップクラスだ。


 練習中、内野が送る球をことごとく処理していく姿は、まさに“安心の的”。特に高田が深い位置から投げたワンバウンドの送球を、原田は見事な逆シングルで掬い上げた。高田が「助かった!」と頭を下げると、原田はにかっと笑って「いや〜、あんなん朝飯前やで」と笑い返す。


 そのやり取りに、谷崎コーチも頷いた。


 「特に高田は原田がおるからこそ、多少強気な守備ができる。ミスしても拾ってくれる存在は、内野にとってでかいですわ」


 「本人は癒し枠のつもりやが……あれで結構、気ぃ張ってるんやろうな」


 試合終盤、追いつかれそうになった場面でも、原田は守備位置から声を張り上げ、ピッチャーや内野に冗談交じりの言葉をかけていた。


 「まだいけんで〜! 打たれたら晩飯カレー抜きやで!」


 その一言で、場の空気が和み、ピンチに立ち向かう選手たちの表情が緩んだ。


 原田圭吾は、目立つタイプではないかもしれない。藤原のような絶対的キャプテンでも、加藤のようなエース外野手でもない。だが、彼がいるだけでグラウンドの空気が少し柔らかくなり、味方が安心してプレーできる。それが彼の価値だった。


 原田圭吾。ゆるく、鋭く、そして逞しく。


 横浜桐生学院の6番打者であり、最も“支えてくれる”存在である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ