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スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】

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第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・ケースバッティング(主力紹介③)

 ノーサイン形式での実戦練習が始まってしばらく経った頃、大山監督は三塁側ベンチの影で静かに腕を組んでいた。その隣には、選手の動きをチェックしながら谷崎コーチが立っていた。


「……さて、高田の打席か」


 谷崎が言うと、大山がわずかに口角を上げた。「注目の時間だな。あいつのスイングを見ると、やっぱりこの代の破壊力を感じるよ」


 打席には高田優斗。ヘルメットをかぶりながら、バットをぐるりと回す。その動きには余計な力がなく、それでいて筋肉のしなりと爆発力を秘めていた。


「三振か、ホームランか。わかりやすい男だな」谷崎が苦笑する。


「ただ、それだけじゃない。ショートの守備範囲と肩も一級品。あれでエラーさえ減らせたら……」


「まあ、そこが課題だな。実は俺、最近三塁もやらせてみようかと思ってるんですよ。打撃型の内野手として、プロでやるならその方がいいかもな、と」


「ふむ……たしかに三塁なら守備のミスもある程度カバーできる。打撃の魅力は最大限に活かせるし、判断の早さもあるから、悪くない選択かもしれませんね」


 そんな話をしている間に、ピッチャーがゆったりとしたモーションから直球を投げ込んだ。ボールは高めに浮いた。


 高田は一瞬の沈黙の後、フルスイングを見せた。


「うおおおおっっ!」


 声と共に振り抜かれたバットは鋭く風を切り、ボールはライト方向に大きく舞い上がる。


 高々と上がった打球はぐんぐんと伸びて、ライトの選手が後ろ向きに追いかける。


 しかし――そのまま、フェンスの遥か上を越えた。


 練習とはいえ、ベンチからどよめきが起こった。


「やっぱり飛ぶねぇ、あいつの打球は」


「打球音からして違いますからね。まるで木が爆ぜたような音がする」


 谷崎が苦笑いしながら思わずつぶやく。


 高田はベースを一つひとつ踏みしめながら、一塁、二塁、三塁と駆けていく。その表情はどこか嬉しそうで、だが照れくささもにじんでいた。


 そして、攻守交替。守備に入った高田はショートの位置についた。


 一塁側の打者が打ったボテボテのゴロ。


「ショート前……!」


 高田が素早く前進し、手で直接ボールをすくい上げながら素早く送球。


「アウトォ!」


 塁審の声に、ベンチがまた沸いた。


「これですよね、これがあるからあいつにショートをやらせたくなるんですよね。まるで外国人のようなプレーで」


 谷崎が呟く。だが同時に、彼の目線は次のバッターにも向けられていた。


 この回、もう一本。今度は三遊間を抜けそうな鋭い打球。


 高田がダイブし、グラブに収める。だが焦りからか、起き上がった体勢が崩れて送球がそれた。ファーストが飛びついて何とか捕球したが、判定はセーフ。


「もったいないな……」


 大山がつぶやくと、谷崎も頷いた。


「そうなんですよ、あれがなければ完璧なんですけどね。でも、あいつは引きずらない。すぐに切り替えて次のプレーに備えるメンタルがある」


 案の定、高田は軽く笑って帽子をかぶり直し、声を出してチームを鼓舞していた。


「おっけーおっけー!次、しっかり止めるぞー!」


 その声に、内野の空気が引き締まった。


 豪快で、力強くて、荒削り。でも間違いなく、チームに必要な男。


「……高田は、使い続ければ必ず化ける。あとはその“粗さ”をどこでどう活かすか、ですね」


 谷崎の言葉に、大山は静かに頷いた。


「今のところはショートで行く。ただし、夏の大会前、もう一度テストするかもしれんな。三塁での可能性も、しっかり見極めたい」


 熱を帯びたグラウンドの中で、全力プレーを続ける高田の背中は、どこまでもまっすぐで、まぶしかった。


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