第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・ケースバッティング(主力紹介②)
陽が完全に昇り切ったグラウンドに、ノーサインのゲーム形式練習の掛け声が響く。選手たちは各ポジションに散り、大山監督と谷崎コーチは三塁側ベンチ前から全体を見渡していた。
「――さすがに雰囲気が変わるな、あいつが声を出すと」
谷崎が微笑を浮かべながら言った。
「加藤だな」
大山は視線をセンターに送った。そこには、守備位置から絶えず声を張り、チーム全体を盛り上げる男――加藤勇斗の姿があった。
「おいおい、もっと内野締めろよ! ピッチャーが頑張ってんだろ!」
軽口のようで、真剣な声。加藤のこうしたひと言が、守備の集中力を一段階引き上げる。
打者が打った。センター右へのライナー性の強烈な打球。
加藤は一歩も迷わずスタートを切った。右斜め後方へのダッシュ。体が浮くように滑らかに走る。
「……行けるのか?」
谷崎が小さく漏らしたその直後、加藤はグラブを伸ばし、ギリギリで打球をすくい上げた。
「ナイスキャーッチ!!」
自ら大声を張りながら立ち上がる加藤。守備位置に戻りながら、外野手同士で手を叩き合った。
「守備範囲は県内トップクラスだ。打球判断も早いし、あの脚力と直感は才能だな」
「ただのムードメーカーじゃない。去年までの加藤とは別人みたいだ。自覚が出たよな」
監督の言葉に、谷崎も頷く。
その直後、攻守交代の合図が響いた。ベンチ前で素早くバットを持ち、加藤が打席に立つ。
ノーサイン。カウント0-1。
投手がやや緩めのチェンジアップを外角低めに投げ込む。
「うおらっ!!」
叫びと同時にバットが振り抜かれた。打球はライト線ギリギリに鋭く飛んでいく。
「フェア! フェア!!」
ボールはライン内に落ち、跳ねてフェンスまで転がる。加藤は全力で一塁を蹴り、二塁へ。そして止まらず三塁へ――。
「ストップ!」
大山が即座に手を挙げて指示を出す。加藤はヘッドスライディングで三塁ベースに滑り込み、荒い息を吐きながらも、口元には笑みを浮かべていた。
「元気すぎて困ることもあるが……あいつがいるとチームが走る」
「加藤が2番目に打席に入ってきたら、流れが一気に来る。ランナーが出てたらさらに加速する」
「去年の夏前まで、守備でポロポロしてたのが嘘みたいだ」
「毎朝、早出してノック受けてたからな」
谷崎が懐かしむように言うと、大山も静かに頷いた。
再び守備についた加藤が、今度は一塁走者のタッチアップを警戒する場面。
打球はセンター前、やや浅めのフライ。通常なら走者はスタートを切らない距離だ。
だが、加藤は構えた瞬間から肩を使う準備をしていた。
落球と同時に捕球、低く速い返球。ボールは一直線に捕手のミットに収まる。
「おいおい……あれは走れないよな」
「だからこそ、走らせない。送球の質まで計算に入ってる。ほんとに、地味なことを全部ちゃんとやる」
「それを“派手”に見せるのがあいつのすごさだ」
守備でも打撃でも、そして雰囲気でもチームを引っ張る加藤。
今日もまた、練習の中心に立ち、仲間たちを支え続けていた。




