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スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】

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第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・ケースバッティング(主力紹介)

午前十時、雲ひとつない青空の下、横浜桐生学院のグラウンドには乾いた打球音と野手たちの掛け声が響いていた。朝の地獄の走り込みと食事を終え、選手たちは次なる練習へと気を引き締めている。


マウンド脇で立っていた大山監督が、グラウンド全体を見渡しながら谷崎コーチに声をかけた。


「さて、ノーサイン形式、今日から導入するぞ」


谷崎が小さくうなずく。「選手にとっては負荷の高い練習ですけど……実戦では一番役立ちますね」


大山監督は腕を組みながら、フリーバッティング用のネット越しにキャッチャーの動きをじっと見つめていた。


「守備も打撃も、全部、頭で考えさせる。今のうちに思考停止する癖を叩き直す。……それに、こいつの存在があるからこそ、この練習が成立する」


「藤原、ですね」


そう言って谷崎も視線を捕手へ向ける。


マスク越しでもわかる鋭い視線。静かにサインなしの配球を組み立てながら、相手の打者の立ち位置や構えを見て捕球位置を微調整している。


「アイツがいると、投手陣は安心して投げられる。キャプテンとしてもチームを締めてるし、何より……打つ」


次の瞬間、金属音が響いた。


バッターボックスに入っていた藤原が、やや外寄りのストレートを軽々と振り抜いた。


打球は快音とともにライトスタンドの奥へ一直線に伸び、フェンス奥のネットを強かに揺らした。


「おいおい……打者としても、抜けてやがるな」谷崎が思わず笑う。


「カウント0-2だろうが、1-2だろうが、あいつはちゃんと“次に必要なスイング”を考えて振ってる。あれでまだ全力じゃない」


マウンドの投手は苦笑いしながら帽子のつばを押さえた。打たれたことよりも、打たせたボールに納得しているような表情だ。


藤原はホームベースを一周して、軽くバットを持ったままベンチ方向へ歩いた。後輩たちが思わず見送るような目を向ける中、藤原は無言でキャッチャーマスクを取り、ベンチ脇で水を一口含んだ。


「……いつも通りだな」


そう呟いたのは3年の内野手、高田だった。


「藤原先輩、やっぱ凄い…」と藤原先輩の様子を見ていて、思わず、1年の千堂陸がつぶやいた。


その横で松岡が話す。


「当たり前だろ。試合でも、練習でも、ミスしない。打つ。守る。リードする。あれが“キャプテン”ってやつだ」


プレーだけではない。藤原はチームメイトの立ち位置や表情まで把握している。少しミスが続く1年の佐藤に、何気なく肩を叩いて声をかけていたのを谷崎は見逃さなかった。


「後輩にも、ちゃんと目を配ってる。怒鳴らず、静かに正してくるタイプ……だけど、芯は一切ぶれない」


「でなきゃ、あのキャプテンマークは背負えない」


マスクをかぶり直した藤原が、次の打者にサインを出さずに構える。


投手も首を振らずにセットポジションに入った。


“あの人は何を投げても止めてくれるから、正直安心だ”


そんな信頼があるからこそ、このノーサイン形式の練習が成立していた。


グラウンドにはまた乾いた音が響く。


その全ての中心に、キャプテン藤原守がいた。


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