第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・ケースバッティング
朝食を終えたグラウンドには、少しばかりの沈黙が流れていた。
1年生たちは、まだ胃にずっしりと残る白米と味噌汁などち格闘した余韻を引きずりながら、グラウンドの片隅でストレッチを続けている。中には軽くしゃがみ込んで深呼吸を繰り返す者もいた。
対照的に、3年生たちはすでに準備を終え、キャッチボールを始めている。動きには疲れの色も見えず、むしろ午前練習の本番を前に心地よい緊張感さえ漂っていた。
そんな空気を切り裂くように、グラウンドの中央に立ったのは、監督の大山だった。
「集合!」
その一声で、選手たちが一斉に駆け寄る。まだ汗が引いていない1年生たちの足取りは重い。だが、誰もその足を止めようとはしない。
「午前練習の後半は――ノーサインのケースバッティングを行う」
低く、落ち着いた声。だが、その中に芯の通った鋼のような緊張があった。
「これは、試合を想定した実戦形式だ。ただし――オレもコーチも一切サインは出さない。打席でも、塁上でも、守備でも、自分の判断で動け」
選手たちの表情が、次第に引き締まっていく。
「たとえば、ランナー一塁でノーアウト。カウントは0-2。そこでどうする? 進塁打を狙うのか、バントか、エンドランか――誰もお前に答えは出してくれない。自分で考えて動け。動いた責任も、自分で背負え」
1年生の何人かがごくりと喉を鳴らすのが見えた。
大山は構わず続けた。
「ミスを恐れるな。判断の失敗なら、俺は責めない。ただし、何も考えずに動いたらその場で交代だ。“状況を読んで動く”というのは、体力よりも大事な能力だ」
傍らで静かに腕を組んでいた主将の藤原が、後輩たちに視線を送る。口元には笑みが浮かんでいるが、その目は冗談を許さない真剣そのものだった。
「お前たちが目指しているのは、ベンチ入りじゃない。甲子園で勝つための主力だ。頭を使え。状況を見て、試合を動かせ。そういう選手を俺は試合で使う」
言い終わると同時に、大山は手を叩いて言った。
「では――スタートだ。ボードにメンバー分けをした。Aチームが攻撃、Bチームが守備。一番からいけ!」
どこかで喉を鳴らす音が聞こえた。だがそれを振り払うように、選手たちはそれぞれの持ち場へと走り出す。
まだ疲労は残る。しかし――ここからが、“本番”だった。




