第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・朝食
太陽が昇りきる前、グラウンドの空気はすでに湿り気を帯び、シャツが背中に張りついては冷え、そしてまた熱くなる。その繰り返しだった。
「……おい、マジで死ぬかと思った……」
シャトルラン100本目を終え、息を吐き出すたびに喉が焼けるように熱い。千堂陸は膝に手をつきながら、なんとか呼吸を整えていた。
井上宏樹は隣で座り込んでいる。静かな彼もさすがに限界のようで、顔色が少し青白かった。
「これで……まだ午前中ってのが信じられねぇ……」
誰かがつぶやいた。
「はい、じゃあ着替えて食堂行くぞー! 朝食も練習のうちだぞ!」
コーチの声に、一年生たちは軽く絶望したような顔をした。だが、上級生は違った。どこか清々しい顔で、早々に着替えて移動を始めている。
食堂に入ると、すでに並んでいるメニューの光景に、千堂は思わず立ち止まった。
ずらりと並ぶトレイ。その上には――
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茶碗2杯分の白米(400g)
鶏胸肉の塩麹焼き(タンパク質補給)
温野菜(ブロッコリー、にんじん、かぼちゃ)
具沢山味噌汁(ごぼう、大根、豆腐、鶏ひき肉)
ゆで卵2個
バナナとヨーグルト
プロテイン入りのミルク(特製ドリンク)
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まるで相撲部の朝食かと錯覚しそうなボリュームだった。
「え、これ全部食うの……?」
松岡竜之介が後ろからやってきて、千堂の肩を叩いた。
「当然だろ。走るために食う。食わなきゃ体がもたねぇ。これは"練習"だ」
松岡は涼しい顔で席に着き、無言で鶏肉を口に運んだ。柔らかくてジューシーな塩麹焼きに、すぐ白米を合わせてかき込む。まるで水を飲むように、さらさらと食事が進んでいく。
「ほらほらー、一年坊主が止まってるぞ。プロ目指すなら、食うのも仕事だ」
3年の高田が冗談交じりに言ったが、その目は真剣だった。
千堂は、白米を一口すくって口に入れた。が、胃が悲鳴を上げる。走りまくった直後の身体は、まだ受け入れる準備ができていなかった。
「ぐっ……」
あまりに咀嚼が遅い千堂を見て、3年のキャプテン、捕手の藤原が隣でフォローした。
「最初はきついよ。でも、それを“普通”にしないと、夏の予選乗り越えられない」
同じように、井上も苦戦していた。鶏肉の弾力を噛み切るたびに表情が歪む。
「飯で泣きそうになるとは思わなかった……」
そう漏らす彼の隣では、3年のセンターの加藤がすでに味噌汁を飲み干し、バナナを手に取っていた。
「走った後に食うって、理にかなってるんだよ。体が吸収しやすくなってる。……だから今が勝負」
冷静な口調で言いながらも、目つきは厳しい。自分たちが通ってきた道なのだ。
しばらくして、1年たちはようやく半分ほどを食べ終えた。が、箸が止まりがちになる。
「……く、苦しい……」
千堂はそう言いながらも、ご飯を一口、また一口と口に運ぶ。
その時だった。向かいのテーブルから、2年のエース・岡田の声が飛んだ。
「なぁ、お前ら。苦しいか?」
1年たちは顔を上げる。岡田は穏やかな声で続けた。
「でもな、試合中に満塁で回ってきたときのプレッシャーは、この飯の比じゃないぞ」
静寂。
「今、目の前のご飯を全部食べられなかったら、その場面でもお前らは逃げることになる」
その言葉に、千堂は背筋を伸ばした。
――食べきる。それが自分にできる、最初の勝負だ。
重たい茶碗を持ち直し、再び箸を動かす。心なしか、味が少しだけわかるようになってきた。
「ごちそうさまでしたっ……!」
1年たちが食べ終えた頃、上級生たちはすでに片づけを済ませ、ストレッチルームへ向かっていた。
千堂は立ち上がり、脚の重さを感じながら思う。
――これが、あの人たちとの“差”なんだ。
でも、越えられない差じゃない。
走って、食べて、また走って。その繰り返しが、いつか“当たり前”になる。
それが、本当の意味で「レギュラー」と呼ばれる選手の条件なのかもしれない。




