第2幕: 高校1年生の春──紅白戦終了 1年生のそれぞれの課題⑥
最後に呼ばれたのは、井上宏樹。
監督は井上の前に立つと、少し間を置いて口を開いた。
「井上、お前はよく抑えた。」
淡々とした口調だったが、それは監督の本心だった。
「2回からの登板で、5回までを1失点。しかも、多くの打者を打ち取っていたな。」
試合を振り返れば、確かに井上は最初から好投を見せ、2年生チームの打者を翻弄していた。
「ストレートは伸びがあり、制球も悪くない。それで打者を抑え込めていた。」
井上は静かに聞いていたが、監督の次の言葉は彼がわかっていたことだった。
「……だが、それが通用したのは“一部だけ”だったな。」
井上は目を伏せる。
5回裏、ホームランを打たれた場面――。
「あの回、お前はストレートを狙われた。見極められて痛打された。」
「……はい。」
高田のホームラン。
その一打が、井上にとってこの試合最大の課題を突きつけるものだった。
「お前の最大の問題は、“勝負できる変化球がない”ことと、“ストレートの球速が足りない”ことだ。」
監督は、はっきりと指摘した。
「ストレート一本で抑えるのは、中学までは通用しただろう。実際、お前はそれだけで全国ベスト4まで行った。」
井上は無言で頷く。
自分の武器は、質の良いストレート。それは確かに中学時代では絶対的なものだった。
「だが、ここは高校だ。」
監督は腕を組みながら続ける。
「高校のレベルになれば、ストレート一本では通用しない。特にお前の球速は決して速いわけではない。球筋を見極められたら、簡単に弾き返される。」
井上は拳を握る。
わかっていたことだった。
「試合の途中で、お前は変化球を何球か投げたな?」
「……はい。」
「だが、どれも“使えるレベル”ではなかった。」
「……!」
「お前はストレート一本で抑え込む投球をしてきた。だから、変化球は中途半端になった。」
監督は井上をまっすぐ見た。
「お前は自分でも気づいていたはずだ。変化球の精度が足りないことを。」
井上はゆっくりと息を吐いた。
「……はい。」
「じゃあ、どうする?」
監督の問いかけに、井上は即答した。
「変化球の精度を上げます。」
監督は満足げに頷いた。
「それができれば、お前はもっと強い投手になれる。」
監督は続ける。
「お前のストレートは確かに質がいい。だが、それに頼りすぎてきたのが今の弱点だ。変化球があることで、ストレートもより生きる。」
井上は静かに考える。
(僕は、変化球を覚えなければならない――)
しかし、変化球を増やすことは簡単ではない。
(ただ投げるだけじゃダメだ。試合で“勝負できる”変化球を身につける必要がある……)
「だが、それだけじゃない。」
監督は井上を真っ直ぐに見据える。
「お前はストレート一本で戦ってきた投手だ。それならば、そのストレートの“球速”をもっと伸ばす努力もしなければならない。」
井上は一瞬、目を見開いた。
「球速が速ければ、ストレート一本でももっと勝負できる。ストレートが走れば、それだけで打者は詰まる。」
「……!」
「球速を上げるには、もちろん体づくりが必要になる。だが、それだけじゃない。投球フォームの見直しや、力の伝え方をもっと考えなければならない。」
監督の言葉に、井上は深く考える。
(変化球を磨くのは当然……でも、それと同時に、ストレートももっと磨かないとダメなんだ)
「今のままでは、お前の球速は並みの高校投手レベルだ。もっと速く、キレのあるストレートを投げるために、これからどうするかを考えろ。」
井上は拳を握る。
「……わかりました。」
「よし、期待してるぞ。」
監督は少し微笑み、続けた。
「それと、お前にもう一つ指示がある。」
「?」
「うちのコーチ、谷崎のところへ行け。谷崎は優秀だ。球速アップのためのトレーニングも、変化球の精度向上も、お前にとって必要なことをしっかり教えてくれる。」
井上は静かに頷く。
「お前が本気でエースになりたいなら、谷崎の指導を受けてこい。中途半端な覚悟じゃ、ここでは生き残れないぞ。」
「……わかりました。俺は、もっと強くなります。」
監督は満足げに頷いた。
「それでいい。期待してるぞ。」
井上は、拳を握ったまま、グラウンドを後にした。
自分が、もっと強くなるために――。




