第2幕: 高校1年生の春──紅白戦 秘蔵っ子井上の課題とは⑥
スコアは11-0。
高田優斗の一発が、2年生ベンチに再び勢いを取り戻させた。
一方で、マウンド上の井上宏樹は、静かに捕手の田中智也へ視線を送る。
(やっぱり……バレるのが早かったな)
井上はこの試合、ストレートのみで抑えてきた。
それは、彼自身が「高校では変化球が通用しない」と分かっていたからだ。
井上は、カーブ、スライダー、チェンジアップ、シュートと一通りの変化球を投げることはできる。
実際、中学時代はこれらを使い分けながら投球していた。
しかし、そのどれもが「中学生相手には使える」レベルのものだった。
カーブは高く浮いてしまうことがあり、長打になる可能性があり、
スライダーは変化が早いので、見極められる。
チェンジアップはフォームが変わるせいでバレやすく、
シュートは制球が不安定で、決まればよいが、一歩間違えれば危険球になることもあった。
(中学ではこれでも抑えられた)
だが、それは打者のレベルが高校ほど高くなかったから。
変化球が微妙でも、相手が振ってくれた。
打者のパワーもまだそこまでなく、多少甘く入ってもゴロや凡フライで済んだ。
(でも、高校じゃそうはいかない)
中学では抑えられた打者も、今のレベルでは簡単に見極めてくる。
中途半端な変化球では、むしろ打者に余裕を与えるだけだ。
だからこそ――
(変化球を中途半端に投げるくらいなら、ストレート一本で勝負した方がマシ)
井上は、今の自分の投球を、極端にストレート主体にシフトさせていた。
しかし、それもまた高校レベルでは大きな弱点になりつつあった。
井上のストレートは、打者の手元で伸びる特殊な回転がかかっている。
しかし、球速はせいぜい110km/h前後。
ストレート一本で勝負するなら、最低でも球速はもっと欲しい。
そうでなければ、打者が修正して対応した瞬間、簡単に打たれてしまう。
(高田のホームランがまさにそれだ)
高田は、井上のストレートが「沈まない」ことに気づき、バットの角度を微調整した。
その結果、たった1打席で対応し、ホームランを放った。
プロレベルの強いストレートなら、多少バレても押し切れるかもしれない。
しかし、井上の球速では、球筋を見極められたら、あっさり打ち返される。
(俺は……今まで、球速を上げることから逃げていたのかもしれない)
変化球がないなら、せめて球速があれば、高田のような修正を許さずに押し切れたかもしれない。
しかし、それがない以上――
(俺は、このままじゃ、高校レベルの打者には通用しない)
井上は、自分の本当の課題を突きつけられた。




