第1幕【第1章ː対照的な天才~価値観のズレ~】
少年時代から共にプレーしてきた二人だが、中学に上がり、次第にその野球観の違いが明確になり始めた。お互いに尊重し、支え合ってきたが、それが次第に対立へと変わっていく。
ある日の練習後、グラウンドの片隅で二人は顔を突き合わせていた。汗を拭い、疲れた体を休めるために座っているものの、無言のままで何かがうまくいかない空気が流れていた。
「なあ、陸。俺、思ったんだよ。やっぱり俺みたいに、4番で一発決める打者がいないと、勝てないんだよな」
獅子丸が唐突に口を開いた。彼の目は真剣だが、どこか挑戦的な輝きを持っていた。
「お前さ、いつもそれだな。ホームラン打てばそれで勝てるっていう考え方。違うだろ?」
陸は少し眉をひそめながら言った。いつもなら、何気なく流していたその言葉が、今日はどうしても引っかかった。
「試合を決めるのは、4番の一撃だって言ってんだよ! 何回言わせんだ。お前、毎回盗塁とかバントとかさ、そんな地味なプレーばっかりしてるけどさ。俺みたいに一発で決められたら、こんなに楽なのに」
陸は一瞬黙ってしまう。獅子丸のその言葉は、確かに彼の目指す野球を否定されたような気がした。
「違うんだよ、獅子丸。野球って、流れが大事なんだ。俺が出塁して、盗塁で進塁して、みんなで繋げていく。そこにお前の力が必要なんだ。確かに一発ホームランが出れば、試合は決まるかもしれない。でも、試合はそんな簡単なもんじゃないだろ?」
「は? じゃあ、お前が出塁して、他の奴に打たせればいいって言うのか? それじゃあいつまでたってもお前が目立たないじゃん! 俺の打撃が決まるから、みんなも楽になるんだよ」
獅子丸の言葉は熱を帯びてきた。彼にとって、ホームランこそが全てであり、勝利を決定づけるものだと信じて疑わなかった。それに対して、陸は何度も言ってきたように、野球には流れがあり、つなぐ野球こそが勝利に繋がるものだと考えていた。
「俺は、ただ一発で終わる野球は嫌だ。野球は積み重ねだって言ってるんだよ、獅子丸。お前が打つためには、俺みたいな奴が出塁して、チャンスを作らなきゃならないんだ」
「ふん、そんなの俺は関係ないね。俺はホームランで試合を決めたいんだ。お前が出塁して、盗塁して、バントしてっていう地味な野球が、どれだけチームを勝たせるかなんて、俺にはわからないよ」
その言葉に、陸は一気に怒りが込み上げてきた。
「じゃあ、お前は1回でもバントしてチャンスを作ったことがあるのかよ? それをしないで、ただ豪快に打つだけの打者が、どれだけチームに貢献してるんだ!」
二人の言い争いが激しさを増す中、周囲の練習しているチームメイトたちが不安げにこちらを見ていた。それでも、陸と獅子丸は互いに譲らず、声を荒げ続けた。
その後、二人はしばらく顔を合わせなかった。グラウンドでは、相変わらずともにプレーし続けたが、心の中ではお互いの考え方がすれ違い、すこしずつ距離が生まれていった。試合中でも、陸がヒットで出塁しても、獅子丸は黙ってバットを振り続け、ホームランを打つことに夢中だった。陸が盗塁を決めて次の塁を狙っても、獅子丸の目は次の一打に向けられたままだった。
「お前は、ほんとうにチームのことを考えているのか?」
ある日、試合後に陸はひとり、獅子丸に問いかけた。その声は力強くもあり、どこか疲れ切ったようにも感じられた。
「俺がチャンスを作ったら、なんでお前はそのチャンスをもっと活かそうとしないんだ?」
獅子丸は無言でその場を立ち去ろうとした。彼にはまだ、陸の言葉の意味が分からなかった。
「俺は、やっぱりお前が信じるような野球をしたい」
その一言が、二人の関係を深く変えていく予兆を感じさせた。しかし、同時にそれが彼らの間に新たな壁を築くことにもなる。