第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 余韻④
一塁審判の「セーフ!」の声が響いた瞬間、横浜桐生学院ベンチがどよめいた。
派手な打撃戦を予想していた空気の中で、陸が選んだのは静かなセーフティバント。
わずかに転がった打球が、試合の流れを一変させたのだ。
ベンチの最前列に腕を組んで立っていた大山龍太監督は、無言のまま陸を見つめていた。
鋭い目つきの奥に、かすかな光が宿る。
(……あいつ、やりやがったな)
先ほどの大阪大和学園との豪快な試合、かつ相手も豪打を誇る蒼嵐学院。どこか力んでいる様子が全員に見られていたが、陸は、その空気に飲まれることなく、自分の持ち味で出塁した。
「チームのために何をすべきか」を考え抜いた上での一手――その事実こそ、大山にとって何よりも価値があった。
「よし……!」
低くうなるような声を漏らし、監督は拳を固く握った。
ベンチにいる選手たちが驚いて振り返る。
普段は厳しい表情を崩さない監督が、今は口元にわずかな笑みを浮かべていたからだ。
「見たか、お前ら!」
大山は声を張り上げ、ベンチ全体に響かせた。
「千堂は一人で打ち勝とうなんて思ってない。チームのために、勝つために、あの一打を選んだんだ!」
ベンチにいた選手たちは、ハッとしたように表情を変える。
「打て! 打て!」と浮ついていた空気が、急速に落ち着きを取り戻していく。
監督の言葉が、彼らの心を一点に結び直した。
「個人の力で勝とうなんて考えるな。勝ちたいなら、全員で勝つことを考えろ!」
それは大山の口癖であり、何度も聞き慣れた言葉のはずだった。
だが、実際に千堂のプレーで示されたことで、選手たちの胸には以前よりも強く響いた。
視線を戻すと、一塁上でヘルメットを直す陸の姿があった。
その顔には派手な笑みもなければ、誇らしげな態度もない。
ただ淡々と、次の一手に備える冷静さがあった。
――これだ。
大山は内心でうなずいた。
個人の輝きではなく、チームに火を灯すプレー。
今までに数々の才能を見てきたが、結局勝敗を分けるのはこういう「つなぎの一打」だった。
「よし! ここからだぞ!」
大山が声を張ると、ベンチから「オーッ!」と一斉に声が返る。
その瞬間、横浜桐生学院のベンチはひとつになった。