第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 余韻②
2戦目———————————
蒼嵐学院と横浜桐生学院の試合
横浜桐生学院のスタメンは2軍を中心としつつ、先発は藤城 慎也が務める。
強打の蒼嵐学院を相手に調整を目的にすることを含めた先発だ。
井上、石上の3人でこの試合を投げる予定である。
そして千堂陸も、また1番遊撃手でスタメン出場をする。
プレイボールのコールが響いた瞬間、スタンドのざわめきが一段と高まった。
千堂陸はベンチからゆっくりと立ち上がり、グラウンドに一歩を踏み出した。靴底が土を踏むたびに、乾いた感触が足裏に伝わる。その感触が、彼の意識をいっそう研ぎ澄ませていく。
――大阪大和学園との試合。
その記憶はまだ生々しい。豪打が放たれた瞬間の耳をつんざく「ガキィィィィン!」という金属音。
それは、ただの音ではなかった。圧倒的な力の象徴であり、「全国レベル」の現実を突きつけられた瞬間だった。
ベンチからバッターボックスまでのわずかな距離。その間に、何度もその光景が脳裏をよぎる。
天童獅子丸が放った一打。振り抜かれたバットが、まるで獣の咆哮のように白球を飛ばしていった光景。
その姿は、陸の心に深く刻まれている。自分との違い、自分にはない「華」。
だが――陸は首を横に振った。
(比べる必要なんてない。俺には俺の野球がある)
彼の野球は派手さとは無縁だ。誰よりも走り、誰よりも冷静に判断し、確実にチャンスを作る。
目立つのは獅子丸の役目だ。ならば自分は、陰でチームを支える存在となる。それを改めて意識することだった。
陸は深呼吸をひとつ。額に手をやり、乱れがちな黒髪をヘアバンドに押し込む。
視線を上げると、蒼嵐学院のエース・神谷岳がマウンドからこちらを睨み据えていた。
190センチ近い巨体、鋭い目つき。すでに観客の視線も相手ベンチの期待も、すべてが「全国級の豪打戦」に注がれている。
――だが、その熱気に呑まれる気配は、陸の瞳にはなかった。
バットを握る手に、じんわりとした汗がにじむ。けれど震えはなかった。
足取りは一定のリズムを刻み、次第に打席へと近づいていく。
観客席からは「打ってこい!」という声も飛んでくるが、陸の耳には届いていない。
心臓の鼓動と、呼吸のリズム。それだけを感じている。
白いラインをまたぎ、彼はついに打席に入った。
スパイクの先で土を均しながら、静かに構えを整える。
その姿は、周囲の熱気から切り離された、まるで孤独な舞台のようだった。
(豪快に打ち合うだけが野球じゃない。俺は俺の一打で、試合の流れを変えてみせる)
瞳の奥に確かな光を宿し、千堂陸は、初球を迎える準備を整えた。