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スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】
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第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末⓫

 「試合終了!」


 審判の声が球場に響き渡った。

 スコアは1―1。引き分けで終わったはずなのに、誰もが勝敗以上のものを見せつけられた気持ちでいた。


 両校の選手たちはゆっくりと整列する。土を踏みしめるスパイクの音だけが、まだ張り詰めた余韻を響かせていた。


 「ありがとうございました!」

 声を合わせ、一礼する。観客席から小さな拍手が広がる。練習試合にしては異様なほどの熱を帯びた空気が、まだそこに漂っていた。


 横一列に並んだ選手たち。互いに背筋を伸ばし、視線を前へ送る。

 その中で――藤原守と堂島隼人、二人の視線が重なった。


 堂島は普段通りの無表情に戻っていた。さっきまでマウンドで叫んでいた同じ人間とは思えないほど、冷静な眼差し。

 だが、その奥底には確かに「認めた」という色が宿っていた。


 藤原と堂島が互いを認めるように視線を交わした、そのすぐ横で――岡田翔と天童獅子丸の眼差しもまた、交錯していた。


 獅子丸はまだ息を切らしていない。ただ、整列の列の中でも、その存在だけが異質に見える。無言で前を向く背中から、獣の気配が漏れ出していた。

 岡田はその横顔を見据えた。


 ――一打席目、外角低めを運ばれた衝撃。

 ――だが四打席目、同じコースで仕留めた手応え。


 互いの記憶が重なり、無言のまま火花が散る。


 「次は、もっと上で待ってる」――獅子丸の瞳がそう告げていた。圧倒的な身体能力を信じて疑わない天才が、初めて壁の存在を知ったからこその輝きだった。

 岡田の視線は冷静に、それでいて誇らしげに応える。「何度でも抑えてやる」。一度打たれたからこそ、なお強固な信念。


 観客の拍手も、スパイクの足音も届かない。

 その刹那、球場には二人だけの約束が刻まれた。


 ――次に相まみえるとき、勝敗はもう今日の延長ではない。

 互いを高め合う、真のライバルとしての対決が始まるのだ。

 藤原はわずかに顎を引き、目を細める。

 (今日はお前の勝ちだ、堂島……。だが――次は負けない)


 言葉はない。ただ、目だけで交わされた意思。

 それは雄弁な会話よりも重く、周囲の誰にも聞こえない約束のように響いた。


 スパイクの列が動き出す。選手たちは互いにベンチへと戻っていく。

 藤原は最後にもう一度だけ堂島を見た。

 堂島もまた、ほんのわずかに視線を返す。頷きも、笑みもない。――それでも十分だった。


 グラウンドを吹き抜ける風が、静かに二人の間を通り過ぎていった。

 練習試合は幕を閉じた。

 だが、エースと4番――二人の勝負は、まだ始まったばかりだった。



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