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スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】
191/198

第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末➓

スコアボードには「2-2」のカウントが灯っている。

 9回裏、二死走者なし――ここで決まる。試合のすべてが、この一球に凝縮されていた。


 堂島隼人は、胸の奥に熱を宿したままキャッチャーのサインを凝視する。

 要求はアウトロー、低めいっぱいの直球。逃げも、誤魔化しもない。

 (最後はこれだ。俺の真っ直ぐで、決着をつける)


 疲労で重くなった右腕が震えている。八回から続く限界のサインを無視し、残された力をすべてかき集める。

 背中の汗がユニフォームに張り付き、呼吸は荒い。それでも目は濁らなかった。

 (この試合を終わらせるのは俺だ。――お前を抑えてこそ、エースだ)


 藤原守は打席で静かに立つ。

 バットを軽く上下に揺らしながら、呼吸を一つ。

 (最後の一球……。狙いは低め、アウトロー。分かっている。だが、逃げない。必ず振り切る)


 両者の視線が交錯し、球場全体が水を打ったように静まり返った。

 観客席では誰一人として声を出さない。ベンチの仲間たちも、拳を握り締める音さえ聞こえそうだった。


 堂島はわずかに間を置いた。独特の「間」が、さらに緊張を膨らませる。

 そして――振りかぶる。


 全身の筋肉を震わせ、渾身の力を右腕に集中させる。

 腕が振り下ろされる瞬間、空気が裂けた。


 ――ゴオッ!


 白球は一直線に走る。

 低めいっぱい、アウトロー。155キロ。今日最速の直球が、キャッチャーミットめがけて突き進む。


 藤原の目が光を宿す。

 (来た! これだ!)

 全身の筋肉を爆発させ、渾身のフルスイング。


 刹那、バットが唸りを上げて空を裂く。

 スタンドすら揺れるような気迫。だが――


 ――ヒュッ。


 白球はバットの先をかすめることなく、ミットに突き刺さった。


 「ストライーク! バッターアウト!」


 球審の声が重く響く。


 藤原はスイングの体勢を崩したまま、動かなかった。

 握り締めたバットが小さく震えている。――悔しさを噛み殺すように。

 だがその目は、敗北の色を宿しながらも、どこか晴れやかだった。

 (堂島……お前の執念、確かに受け取った)


 マウンド上の堂島は、振り切った右腕を下ろせずにいた。

 全身の力を最後の一球に注ぎ込み、足元は揺れている。

 だが――胸の奥に燃え残ったものがあった。


 (勝った……! 最後まで直球で貫いた……!)


 その瞬間、普段は寡黙な堂島の口から、抑えきれない叫びが迸った。


 「うおおおおおおッッ!!」


 マウンドに響き渡る咆哮。

 普段、仲間の前でもほとんど声を荒げたことのない男が、全身の力で声を吐き出していた。


 ベンチが揺れる。観客席が揺れる。

 誰もがその声に圧倒され、数秒遅れて拍手と歓声が爆発した。


 堂島は胸を大きく上下させながら、なお叫びを続ける。

 その姿は、疲れ切った投手でも、ただの高校生でもなかった。

 ――仲間の想いを背負い、4番をねじ伏せた「本物のエース」そのものだった。

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