第3幕【第１章ː地獄の合宿編】合宿３日目 結末➑
カウントは１ボール２ストライク。
追い込んでいる――はずだった。だが堂島隼人の胸中に広がっていたのは、優位の手応えよりも、むしろ重苦しい焦燥感だった。
（アウトローを完璧に合わせられた……。普通なら振り遅れる球だ。それを弾き返すようにファールにされた。読み切られているのか……？）
堂島は汗で湿った指先をユニフォームで拭い、呼吸を整える。キャッチャーが出したサインは――インコース直球。胸元を抉る一球だ。
「ここで力勝負だ。逃げるな」
視線が交錯し、堂島は頷いた。
藤原はバットを肩に軽く置いたまま、微動だにしない。だが、その眼差しだけが鋭く光っている。
（次は内角……来る。絶対に避けられない一球だ）
堂島は振りかぶる。
疲労で重くなった腕を無理やり振り上げ、全身の力を振り絞って振り下ろす。
――白球が矢のように走る。胸元をめがけ、恐怖すら帯びた直球。
藤原の視界に、白球が突き刺さるように迫る。
一瞬、体が本能的にのけぞる。しかし彼は退かない。
腰をひねり、懐に食い込む球に無理やりバットを合わせにいった。
――カチンッ。
詰まった鈍い音。球は三塁側スタンドへ高く切れていく。
ファール。
観客席から思わず声が漏れた。
「危ない！」
「詰まったぞ……！」
しかし、ベンチで見守る仲間たちはその結果に息を呑むばかりだった。
（当てた……！ あんな球を、体をのけぞらせながら……！）
藤原は苦悶の表情を一瞬だけ浮かべた。胸元を抉られ、手首には鈍い衝撃が残る。それでも、視線はすでに次を見据えていた。
（力で押してきたな……。だが、逃げずに食らいついた。まだ折れてはいない）
マウンドの堂島は、わずかに唇を引き結ぶ。
（本気の内角直球だ……それすら当ててくるか。簡単に倒れる相手じゃない。だが――退かせはした）
両者の間に、言葉では説明できぬ火花が散っていた。
ベンチの選手たちは声を失い、ただ拳を握りしめている。観客席の静けさも異様さを増し、ボールボーイでさえ呼吸を止めて打席を見つめていた。
藤原はスパイクで土を強くならし、バットを立て直す。
その姿は痛みによる後退ではなく、「まだ来い」と挑発するような風格を放っていた。
（絶対に食らいつく。最後まで、俺は一歩も退かない）
堂島はグラブを握り直し、深く息を吸った。
（力で押しても、理性でかわしても、奴は揺るがない。……だが、ここで折れるわけにはいかない。俺はエースだ）
ストライクもボールも関係ない――そう錯覚させるほどの勝負。
４球目のファールは、単なるカウントの進行ではなく、「譲らない」という二人の執念がぶつかり合った証だった。
