第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末➌
9回裏、先頭は2番・加藤勇斗。
3年生の中堅手の男だ。
ベンチからは声が飛ぶ。
「頼むぞ加藤!」
「何としても塁に出ろ!」
マウンド上の堂島隼人は、汗を拭うこともなくプレートを踏む。
(……ここで出塁を許せば、藤原にランナーを背負った状態で回る。絶対に出すわけにはいかない)
初球、152キロのストレート。
加藤は迷わず振りにいき、ファール。
2球目、3球目もファールで粘る。
「ナイスファイトだ!」
「食らいつけ!」
ベンチの声が熱を増す。
堂島も首を振らない。淡々と、次の球を繰り出す。
外角ギリギリを突くカットボール、低めに沈むスプリット。
加藤はバットを止め、カットし、再び止め――粘り続ける。
5球、6球、7球……。
スコアボードの球数表示が、じわりと増えていく。
堂島の呼吸が荒くなる。
(……粘るな。だが、崩されはしない)
8球目、9球目もファール。
スタンドの保護者たちですら息を詰め、球場は異様な静けさに包まれる。
――そして10球目。
堂島は渾身のストレートをインコースに突き刺した。
加藤、スイング。空を切る。
「ストライクスリー!」
10球粘った末の空振り三振。
加藤は悔しさを滲ませながらも、堂々とベンチへ戻っていった。
(藤原さんに繋ぐためなら……この粘りで十分だ)
横浜桐生のベンチが声を張る。
「ナイスファイトだ勇斗!」
「よく粘った!」
――続くは3番、高田優斗。
強打の三塁手。鋭い打球を飛ばすことにかけては、チームでも一、二を争う。
堂島は息を整え、藤原の構えるミットを見据える。
(……ここも封じる。藤原に回す前に、俺の支配を示す)
初球、外角低めスプリット。高田は見逃し、ボール。
2球目、カーブでタイミングを外す。見逃してストライク。
カウント1-1。
3球目――藤原のサインはストレート。外角高め。
堂島の腕がしなり、白球が走る。
高田は迷わず振り抜いた。
――快音。
ライナーが三塁線を鋭く抜けるかと思われた。
だが、ショートが横っ飛びで捕球!
グラブに収め、しっかりと一塁へ送球する。
アウト。
ベンチからは「うおおっ!」と声が漏れた。
惜しい当たりだった。それでも結果は凡退。
高田は悔しげに唇を噛みながら、ベンチへ戻る。
(……打ち損じじゃない。だが、堂島の壁は厚いな)
――二死走者なし。
それでも横浜桐生学院の空気は沈まなかった。
「いいぞ高田!」
「最後は藤原さんだ!」
球場の視線が一斉にベンチ奥に注がれる。
バットを握りしめ、無言で立ち上がった男――藤原守。
9回裏、二死走者なし。
最後の舞台が、ついに整った。