第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末(2)③
伊達のスイング音が、まだ耳に残っていた。
初球、外角低めの直球に食らいついた。結果はファール。だが、あの一撃に込められた気迫は凄まじいものだった。
藤原はマスクの奥で小さく息を吐いた。
(やっぱり来たな……全力で。プライドをかけて“絶対に打つ”っていう気迫が丸見えだ。だが、振り急ぎもあった。力みすぎて軌道を見極めきれていない)
この状況で、次に必要なのは――「視線をずらす」こと。
(真っ直ぐを意識させたまま、同じ外角低めで変化球を投げる。そうすれば、伊達は食らいつこうとして泳ぐはずだ)
頭の中で浮かんだ球種はスライダー。
直球に比べてわずかにスピードが落ち、外へ逃げるように沈む軌道。
(スライダーなら、直球の残像で振り出して、バットの先っぽで空を切るか、当ててもゴロになる。伊達の力みを利用するには一番効果的だ)
藤原はわずかに口角を上げた。
(獅子丸を三振に仕留めたときも、最後は直球で勝負できたのは“散らした”からだ。伊達にも同じ道筋を作る……直球で始め、変化で崩し、最後はもう一度直球だ)
ゆっくりと右手を動かし、サインを送る。
――スライダー、外角低め。
マウンドの岡田翔はその合図を見て、深く頷いた。
(なるほど……いい。初球で力を込めさせた今だから効く球だ。伊達、今度はバットに当たらせない)
バッターボックスの伊達は、バットを握り直し、気迫に満ちた瞳で岡田を睨みつけている。
(直球……いや、次も直球で来るはずだ。今度は仕留める! 絶対に!)
藤原はミットを静かに沈める。
(思い込め、伊達。――次はお前の力じゃ届かない球だ)
球場の空気が再び張り詰めた。
――2球目、勝負のスライダーが放たれようとしていた。