第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末⑮
藤原のミットに白球が吸い込まれた瞬間、審判の右手が高々と上がった。
「ストライク! バッターアウト!」
――三振。
先頭打者・天童獅子丸が、全力のフルスイングで空を切った。
振り抜いた体勢のまま、天童はしばし動けなかった。
気迫を込めて放った一撃は、空気を裂いただけ。
(全部込めたのに……打ち砕けなかったか……)
悔しさと同時に、岡田翔への畏敬が胸を占める。
その静寂を破ったのは、マウンドの雄叫びだった。
「うおおおおおおおおおッ!!!」
岡田翔が拳を突き上げ、春の青空へ向かって吠える。
――ゴールデンウイーク。
観客席には保護者や関係者がぽつぽつと座り、穏やかな春風が球場を吹き抜けていた。だが今は、その静けさを切り裂くように岡田の声が響き渡る。
大阪大和学園ベンチは、言葉を失っていた。
「……」
先頭の獅子丸が倒れた意味は大きい。この回の攻撃の流れを一気に止められた。
仲間たちはバットを握りしめたまま、視線を落とすしかなかった。
(獅子丸でも打てない……あの岡田翔を、どう崩せばいいんだ?)
重苦しい沈黙が、ベンチ全体を覆っていた。
一方、横浜桐生学院のベンチは爆発した。
「よっしゃああああ!」
「翔、最高だ!」
「これがエースや!!」
野手たちは立ち上がり、フェンスを叩いて拳を振り上げる。ベンチの選手たちが雄叫びに応えるように吠えた。
藤原はマスクを外し、ゆっくりとミットを叩いた。
(あの初回に打たれたコースで、今は三振に仕留めた……これ以上の証明はない)
観客席の保護者たちからも拍手が起こった。少人数でも、その音は澄んだ春空に大きく響く。
岡田翔はマウンドの中央で拳を握りしめ、吠え続けていた。
額の汗を陽射しが照らし、白いユニフォームの背中を黄金色に染めている。
――ゴールデンウイークの練習試合。
そのはずが、今の一球と雄叫びは、公式戦以上の熱を球場に刻んでいた。