第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末⑭
藤原のミットが外角低めに沈む。
打席の天童獅子丸は、それを視界の端で捉えた瞬間、全身の血が沸き立つのを感じていた。
(外角低め……直球だな。初回と同じ。――いい、これで仕留める!)
岡田翔の腕がしなる。
疲労で重いはずの右肩が、最後の瞬間だけは獅子のように咆哮する。
放たれた白球は一直線に獅子丸へ――外角低め、恐ろしく研ぎ澄まされた軌道で迫ってきた。
「来たッ!」
獅子丸の身体が爆ぜる。
左足が力強く踏み込み、腰が一気に回転する。
バットが走る――まるで、ここで世界を切り開こうとするかのような一閃。
白球とバットが交錯する刹那、獅子丸の胸を支配していたのは「打てるかどうか」ではなかった。
(絶対に――打ち砕く!)
理屈を超えた気迫だけが腕を振り切らせた。
だが、渾身のスイングが空を切る。
ブォンッ――!
乾いた空気を裂く音が、球場に鋭く響いた。
白球は藤原のミットへ吸い込まれる。
「ストライク! バッターアウト!」
審判の声が場内を震わせた。
獅子丸は振り抜いた体勢のまま、呼吸を荒げて立ち尽くした。
胸の奥は燃え盛るのに、手応えはない。
(全部込めた……それでも届かなかった。力でも、執念でも越えられない壁――それが岡田翔か)
口元に浮かぶのは、悔しさと、ほんのわずかな笑み。
その背中は、敗北者ではなく“挑戦者”の姿そのものだった。
そして次の瞬間――。
マウンド上の岡田翔が、拳を高々と突き上げた。
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
絞り出すような雄たけびが、閑散とした球場を揺らした。
観客はまばら。だが、ベンチもスタンドも、誰もがその声に圧倒され、ただ見入った。
初回に屈辱を味わった外角低め直球。
その同じコースで、最後は獅子丸をねじ伏せた。
汗と疲労で震える腕を突き上げたまま、岡田は吠え続けた。
(俺は――まだ投げ切れる。ここで終わるものか!)
その雄たけびは、数字では刻めない勝負の証明だった。
練習試合に過ぎない一戦。
だが、魂と魂が正面からぶつかり合ったこの瞬間は、誰の記憶からも消えることはなかった。