第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末⑬
4球目、胸元への直球は、狙われながらもファールに仕留めた。
勝負は振り出し。だが、岡田翔の胸中は静まるどころか、ますます熱を帯びていた。
マスク越しに藤原がサインを出す。
――外角低め、直球。
その瞬間、岡田の心臓が強く脈打った。
(……あのコース、か)
脳裏に、初回の映像が鮮烈によみがえる。
自分の直球を、獅子丸が完璧に捕らえた。あの一瞬、すべてを奪われるような打球音が耳に焼き付いた。
(忘れるわけがない……初回、あの外角低めを運ばれた。俺のプライドごと、叩き込まれた球だ)
今また、藤原は同じ場所を要求している。
打たれた記憶を抉り返すように。だが、そこに込められた意図を岡田は理解していた。
(ここで抑えるんだ。あの屈辱を、この一球で上書きする。……そうでしょ、キャプテン)
肩は悲鳴を上げている。
右腕は重く、握力も限界に近い。だが、その重さの奥から、まだ燃え残る力が脈打っていた。
(逃げるな。ここで逃げたら、あの一発が永遠に俺を縛る。だから――同じコースで仕留めるんだ)
岡田は唇を噛み、視線を獅子丸に向けた。
打席の男は、まるで獣のようにバットを構えている。直球しか見ていない。その目は、また自分を打ち砕くつもりで燃えていた。
(来いよ、獅子丸。お前が待ってる直球だ。だが、今度は打たせない。あの時の俺とは違う)
マウンドの土を踏みしめ、スパイクでわずかに足場を固める。
体は限界に近い。それでも立ち続けるのは、エースの矜持だった。
(外角低め、直球。ここしかない。これで仕留める!)
藤原の構えるミットが、ストライクゾーンの底、外角の黒い影に吸い込まれるように止まった。
岡田は深く息を吸い込み、心の中で一言だけ呟いた。
――この一球で、すべてを取り返す。
右腕に残る力をすべて込め、岡田翔は最後の直球を解き放つ準備を整えた。