第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末⑫
4球目――胸元への直球。
獅子丸は完全に読んで打ちに来た。それでもボール気味の高さに詰まらされ、ファールにするのが精一杯だった。
打席の獅子丸は悔しげに奥歯を噛みしめ、バットを握り直している。
その瞳はまだ死んでいない。いや、むしろ炎は一層燃え盛っていた。
(次こそ……直球を仕留める! 絶対に!)
藤原は、その執念を真正面から受け止めながら、マスクの奥で静かに思考を巡らせた。
(ここまでで、奴の視線を色々と散らした。内も外も、高低も、緩急も全部見せた。
さあ、もう迷う必要はない。――最後は直球で仕留める)
だが、どこに投げるか。
外角高め? 胸元? それとも再び変化球を挟むか?
藤原の脳裏に、一瞬、あの光景が蘇った。
――初回。
岡田の直球がわずかに甘く外角低めへ入った瞬間、獅子丸のバットに完璧に捕らえられた。
白球は一直線に左翼席へ消え、球場の空気を奪った。あの一発こそ、この試合の始まりを象徴する出来事だった。
(だからこそ……同じ場所で、抑えなければならない)
藤原は静かに呼吸を整え、ミットを腰の高さに落とした。外角低め――獅子丸が最も欲しているコース。
(一度は打たれたコースだ。だからこそ、ここで抑えれば俺たちの勝ちだ。翔の直球を、もう一度ここに通してみせる)
その決意は「安全策」ではなく「挑戦」だった。
相手に打たれた場所で勝ち返す――捕手としても、チームとしても、絶対に譲れない矜持。
マスクの奥で藤原の目が鋭く光る。
(翔、最後はここだ。初回に打たれたコース……外角低めの直球。お前のすべてを、この一球に込めろ)
サインを送り、ミットをしっかりと構える。
球場全体が静まり返り、まばらな観客までもが息を呑む。
マウンドの岡田翔は、その構えを見て、小さく頷いた。
疲労で重い右腕を、もう一度だけ振り抜く覚悟を決める。
――初回に打たれた直球。あの屈辱を、この一球で塗り替える。
最後の勝負が、いま幕を開けようとしていた。