第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末⑩
三塁側スタンドへ鋭く切り裂かれたファールが落ち着きを取り戻す頃、藤原守は面の奥でゆっくりと息を吐いた。
(狙い通りだ……外角高めの直球、獅子丸は食いついてきた。だが打球はファール。芯を外せば、あの獅子丸でも前に飛ばせない)
ここまでの三球。
1球目――インコース高めの直球で特大のファール。
2球目――外角低めのスローカーブ、泳がされかけながらも止められた。
3球目――外角高めの直球、狙い打ちもファール。
低めと高め、内と外、速球と緩急。既に獅子丸の体重移動も視線も散らしている。
だが、まだ仕留めきれていない。むしろ、獅子丸の闘志は一層強く燃え上がっているのが伝わってくる。
藤原はバットを握る獅子丸の目を盗み見る。
あの瞳は「今度こそ直球を仕留める」と燃えていた。
(……だからこそ、さらに内を突く。胸元だ。高めでも外角ではなく、真っ直ぐ身体に向かっていく球。打者に“威圧”を与える球だ)
配球の狙いは二つあった。
一つは、獅子丸の踏み込みを封じること。外角の直球に食らいついた直後、胸元へ投げ込めば自然と腰が引ける。
もう一つは、最後の勝負球を活かす布石。胸元を見せておけば、次の直球――本物の決め球が外角でも真ん中でも効いてくる。
(胸元に直球を突き刺す。打っても詰まらせるかファウル。だが狙いは打ち取ることじゃない。“圧”を刻むことだ)
藤原は一度サインを送り、構えを胸の前へと持っていく。
マスクの奥で口角がわずかに上がる。
(翔、お前の直球で奴の度肝を抜いてやれ)
マウンドの岡田翔が視線を返してくる。
疲労の色は隠せない。呼吸は荒く、汗がグラブに滴っている。それでも、藤原の意図を理解した瞬間、彼の瞳に再び鋭い光が宿った。
(胸元か……よし、全力で行く。ここで譲ったら意味がない。最後まで真っ向勝負だ)
岡田は帽子の庇を指で押さえ、右手の握力を確かめるようにボールをぎゅっと掴んだ。肩の重さは限界に近い。それでも、この一球を投げる意思は揺らがなかった。
打席の天童は、スパイクで土を強く踏みしめていた。
(まだ直球だ……外角を二度見せられた。なら今度は内だ。絶対に来る!)
彼の闘志は衰えていない。むしろ追い込まれるごとに、目の奥の炎が強くなっていた。
藤原はその気配を正面から受け止め、静かに息を殺した。
(いいぞ……獅子丸。お前が燃えるほど、この勝負は熱を帯びる。だが最後に勝つのは、翔と俺だ)
ミットが胸元に構えられる。
――4球目、直球勝負の準備は整った。