第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末⑧
2球目のスローカーブ。
天童獅子丸は完全に直球を待っていた。反応が遅れ、スイングに入りかけて……ぎりぎりでバットを止めた。
球審の右手が上がらず「ボール」と告げられた瞬間、藤原守は面の奥で小さく息を吐いた。
(止めてきたか……凡退寸前の球だったのに。あの身体の反応を途中でねじ伏せられる奴なんて、全国でもそうはいない。やっぱり“獅子丸”は化け物だ)
ただ、今の一球で確信した。
――直球に対する執念はまだ消えていない。むしろ「次こそ直球を仕留める」という欲が強まっているはずだ。
(なら、こっちがやるべきことは一つ。わざと直球を見せてやる。ただし、打っても絶対に前に飛ばない球だ)
藤原の頭に浮かんだのは、アウトコース高めの直球。
ストライクゾーンからわずかに外れた位置。振れば泳ぐ。打っても芯を外し、ファールになる。打者に「届きそうだ」と思わせながら、決して仕留めさせない。
(ここで外角高めをちらつかせる。奴の目線をもう一段上にずらすんだ。直球への欲を利用して、無駄に力を使わせる。そうすれば、最後にもう一度投げる“本物の直球”が効く)
配球の青写真が頭の中で完成する。
1球目はインコース高め直球――強烈なファール。
2球目は外角低めカーブ――泳がされて止まった。
次に見せるのは真逆の「外角高め」。低めと高め、緩急と高低。獅子丸の視線と体重を散らすことが狙いだった。
藤原はマスクの内側でわずかに口角を上げた。
(獅子丸、俺たちは逃げない。直球で勝負する。ただし“打たせない直球”だ)
ミットを外角へと滑らせ、肩の高さより少し上に構える。
観客の少ない球場では、その動きすら聞こえてしまうような静けさが支配していた。
マウンドの岡田が視線を送ってくる。疲労の色は隠せない。だが、藤原の意図を理解すると、すぐに頷いた。
(外角高め……ボール気味の直球か。なるほど、打ちに来るならファールにしかならない。いい、やろう)
岡田は帽子の庇を押さえ、深く呼吸を整えた。
右肩は重い。だが、その重さごと叩きつけるように――次の一球を投じる覚悟を固めていた。
天童はバットを握り直す。
(今度こそ直球で来るはずだ……さっきは泳がされた。次は絶対に逃さない!)
藤原は面の奥で、静かに目を細めた。
(いいぞ、その気迫……だが、この一球はお前を“打たせない直球”だ)
球場全体が息を止める。
――3球目、勝負の準備が整った。