第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目 結末⑤
インコース高め、全力の直球。
白球は天童獅子丸の胸元を抉るように突き進む。
視界に入った瞬間、獅子丸の全身に電流が走った。
(これだ――打てる!)
踏み込む左足が力強く地を踏み抜く。腰がねじれ、背筋がうなり、バットが大きくしなりを描いた。
その動作は迷いのかけらもなく、ただ「振るため」に存在していた。
――フルスイング。
金属が白球を捕らえる轟音が、球場全体を震わせた。
カァンッ!!
打球はレフト方向へ、鋭い弾道で舞い上がった。
最初は低い角度だった。だが、打球は伸びた。どんどん伸びる。風を切り裂き、スタンドの空へ駆け上がる。
ベンチがざわめいた。
「行ったか――!?」
誰かが思わず声を上げた。
打席の獅子丸自身も、一瞬、手応えに胸を震わせた。
(完璧に捉えた……! これは……!)
しかし――弾道はわずかに左へ流れていった。
レフトポールの外側。スタンドの最上段、誰もいないベンチシートに突き刺さる。
ドォン……!
鈍い衝撃音が球場に響いた。白球は跳ね返り、無人の階段を転がり落ちていった。
――ファール。
審判の両腕が大きく振られる。場内の空気が一変する。
天童はバットを握り直し、ゆっくりと呼吸を整えた。
全身の筋肉が、フルスイングの余韻で微かに震えている。
(惜しい……あと数十センチ、内側だったら完全にスタンドインだった)
ベンチの仲間たちも、しばし声を失っていた。
「……とんでもねぇ当たりだ」
「あと少しで勝ち越し弾だったぞ……」
口々に洩らす声は、畏怖と安堵が入り混じっていた。
捕手の藤原は、面の奥で歯を食いしばった。
(危なかった……翔の直球を本気で振り切って、あそこまで飛ばすか。やはり獅子丸は一発で仕留められる打者だ)
マウンドの岡田は、帽子の庇を押さえたまま、しばらく動かなかった。
胸が激しく上下している。投げ切った肩がじんじんと熱を帯びていた。
(……肝が冷えた。あと数センチ、外れたら試合が終わっていた)
天童は打席の中で小さく口元を歪めた。
それは笑みではなかった。
(捉えられる――そういうことだ。もう一度チャンスが来れば、絶対に仕留める)
ファール一球で、球場の空気が変わった。
観客席に並ぶ数少ない保護者や関係者たちでさえ、背筋を伸ばし、視線を外せなくなっていた。
小さな練習試合のはずだった。だが今、この一打席には、公式戦以上の緊張感と迫力が宿っていた。
――スコアは動かない。だが、勝負は確実に動き出していた。