第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目・目覚める怪物⑥
初球――152キロの外角高めストレートでストライクを奪った堂島。
その一球は、ただのストライクではなかった。藤原の読みを逆手に取り、球場の空気を掌握した“宣告”のようなものだった。
スタンドがざわつく。ベンチにいる選手たちは「また変化球を混ぜてくる」と思っていた。しかし、マウンド上の堂島は迷っていなかった。
(次も直球だ――逃げる気はない。真っ向から叩き込む)
キャッチャー・ヤマモトは内角のミットを強く叩く。サインはストレート。
堂島は一切首を振らない。即答の頷き。
――ワインドアップ。
右足を大きく上げる。体軸が一瞬、静止する。その刹那に観客の喉が鳴る。
次の瞬間、堂島の体が弾けた。
腰のひねりが爆発し、背中の筋肉がしなる。右腕が鞭のように振り抜かれ、白球が放たれる。
打席から見る藤原の視界では、それはもはや“線”だった。
――内角真っすぐ。
外角に構えていたミットが一気に胸元へ動き、そこへ矢のような白球が突き刺さる。
球速155キロ。初球よりも速い。しかも内角いっぱい。
「――ッ!」
藤原の身体が瞬間的に反応した。
読みが外れたままの直球2連発。それも、胸元をえぐる速球。
バットを出したが、差し込まれた。鋭い金属音と共に、打球は三塁側ベンチの上空へと飛び込み、観客席にファウルボールが転がる。
スタンドがどよめいた。
「速い!」「今のをファウルにしたのか……」
驚きと畏怖が入り混じった声が、波のように広がっていく。
藤原は打席の中で、わずかに肩を上下させる。
(完全に押し込まれた……球威が初回より増している。さらに“速く”なってる……?)
顎から滴った汗が土に落ちる。だが、目は笑っていた。
(面白ぇ……! 本気の直球で来るなら、こっちも真正面から受けて立つ)
一方、堂島は表情を崩さない。
帽子の庇に軽く触れ、淡々とマウンドの土を踏み締める。
(いいぞ……直球で追い込んだ。この勝負、完全に俺の流れだ)
スコアボードには、カウント0-2が刻まれる。
わずか2球で追い込まれた藤原。
球場全体が、これから訪れる「決着の一球」を予感し、静かに熱を帯びていった。