第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目・目覚める怪物⑤
覚醒した岡田、堂島がその後も圧倒する。
4回表、岡田は4・5・6番を三者凡退に抑える。
そして4回裏——————————
堂島は2番、3番を共に三振に抑え、藤原との2度目の対決。
4回裏、二死走者なし。
グラウンドの空気は、点差以上の緊張をはらんでいた。観客席のざわめきが、まるで一つのうねりとなって球場全体を包み込む。その波の中心にいるのは――ただ一人。
横浜桐生学院の4番・藤原守。
初回、堂島隼人の“真の直球”をバックスクリーンへ叩き込み、試合の流れを変えた打者。ベンチにいるチームメイトたちですら、無意識に呼吸を止め、彼の立ち姿を注視している。
バッターボックスに入った藤原は、ヘルメットの庇に指をかけ、わずかに角度を直す。その仕草には余計な感情がない。ただ、そこに立つことが当然であるかのような落ち着きがあった。
対する堂島は、マウンドで右足を軽く土に擦りつける。ロージンを握った掌を開閉しながら、感触を確かめる。顔には表情らしいものはないが、瞳の奥には鋭い光が宿っていた。
(――初球から直球だ。他の打者に変化球を使ったから、頭の片隅に変化球があるはずだ。
だから、ここは堂島さんの気持ちも考えて直球で圧倒する。)
キャッチャー・ヤマモトは外角高めのコースを示す。堂島は迷わない。一度だけ、小さく頷く。
ワインドアップから、静かに足を上げる。体の軸は揺れない。右腕が大きな弧を描き、背筋から肩、肘、そして指先へ――しなやかにして剛直なエネルギーが流れ込む。
――白球が放たれた。
球場の照明を反射し、一直線に走るその軌跡は、矢のように鋭く、炎のように速い。観客の視線が吸い寄せられた瞬間、音速に近い重低音が響き渡る。
ズバァンッ!!
ミットが弾かれる音がグラウンドにこだました。外角高め、152キロ。まさに力と意志を込めた直球。
球審の右手が鋭く上がる。
「ストライク!」
スタンドからどよめきが広がる。
「あの藤原が……初球で手を出せなかった」――そんな驚きが横浜桐生学院のベンチの表情に刻まれていた。
打席の藤原は、一瞬だけ目を見開いたが、すぐに表情を消す。
(直球……! 完全に変化球を意識していたのに、真っ直ぐで来るか。しかも、伸びが尋常じゃない)
唇をきゅっと結び、顎をわずかに引く。
その仕草は挑発でも悔しさでもない。――“認める”合図だった。
マウンドの堂島は、軽く息を吐き、帽子の庇に指を触れる。
(いい……今の感触なら、押し切れる。主導権は俺にある)
初球。
ただの一球にすぎないはずのその投球が、両者の心に鮮烈な刻印を残した。
――「次はどちらが先を読むか」。その号砲が、今、鳴り響いた。