第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目・目覚める怪物④
ファウルで追い込まれた神野は、バットを握り直す。
先ほどの一球の感触が、まだ指先に残っていた。
(あの球速に、正面から勝負しても……)
だが、だからといって怯むつもりはなかった。
(勝負するしかねぇ……!)
堂島は、相変わらず表情を変えずに構えていた。
次の一球をどうするか――そんな迷いは微塵も感じさせない。
キャッチャーミットが、まっすぐ構えた。
(またストレート……!?)
気づいたときには、すでに腕が振られていた。
――二球目。153km/h。
神野は、迷わず踏み込んだ。
全身の筋肉を総動員して、バットを振り抜く。
「っしゃあ――ッ!!」
気合いとともに振り抜いたその一撃。
だが――
“打ち負けた”。
バットに当たった瞬間、衝撃で肘が浮いた。
詰まった打球が、投手前にゆっくりと転がる。
「うわ……!」
神野自身が、思わず声を漏らす。
堂島は冷静だった。
一歩、二歩、足を運び、グラブを腰の高さに下げて、余裕を持ってボールを拾う。
そのまま一塁へ、正確にスロー。
「アウト!」
――3アウトチェンジ。
神野は、一塁ベース手前でブレーキをかけ、肩で息をしながら唇を噛んだ。
(力負け……完全に……)
それはただの投手ゴロではなかった。
打ちにいって、完膚なきまでに抑え込まれたという事実。
堂島隼人のストレートは、“技術”ではなく“力”そのもので打者をねじ伏せる。
ベンチへ戻る神野の背中を、横浜桐生学院の面々は無言で見送った。
一方、堂島は――
打球を処理し終えたそのままの流れで、帽子の庇を一度、指で押さえた。
その仕草だけで、何かが伝わった。
(――乗ってきたな)
3回裏終了。
試合の空気が、少しずつ熱を帯び始めていた。