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スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】
155/198

第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目・目覚める怪物

3回裏 ――――


 3回表の攻撃中、ずっとベンチで瞑想をしていた堂島が、ゆっくりとマウンドに上がる。


 スパイクが土を噛むたびに、グラウンドの空気が少しずつ締まっていく。

 観客席がざわつくのでも、味方ベンチが声を上げるのでもない。

 ただ静かに――しかし確かに、「何かが変わった」と誰もが感じていた。


 帽子をかぶり直す堂島の目には、冷徹さも、激情もなかった。


 ただ、静かに燃える芯だけがあった。


 (……あれだけ完璧な直球を、打ち返されたのは、初めてだった)


 バックスクリーンに突き刺さる打球の軌道が、脳裏に焼き付いている。

 だが、悔しさではない。怒りでもない。


 (俺の“本気”は、あいつにとって“届く”レベルだった。それなら――)


 届かない場所に、行けばいい。


 もっと高く、もっと深く。

 自分という投手の「その先」へ。


 (藤原守。お前の一振りで、俺はもう一段、上の投手になれる)


 堂島は、スッと息を吸い込むと、最初の打者を見据える。


 ――8番打者の三好が打席に入る。


 初球。


 キャッチャーミットが、真っ直ぐに構えられる。


 堂島は、ためらいなくストレートを選んだ。


 「フンッ!」


 ズバン!!


 捕球音がミットの奥深くに響いた。


 電光掲示板に表示された球速は、155km/h。


 観客席にどよめきが走る。


 (え……今の……速くないか?)


 バットを構える間もなく、三好は棒立ちのまま、見逃した。


 ――ストライク、ワン。


 二球目。


 再び構えるヤマモトのサインは――またもやストレート。


 堂島は頷き、まるでそれ以外の選択肢が存在しないかのように、静かに始動する。


 フォームは美しく、無駄がない。


 リリースされたボールは、白い軌跡を描き――


 ズバァン!!


 153km/h。


 三好は、わずかに反応を見せたが、スイングには至らなかった。


 「ストライク、ツー!」


 球場の温度が、また一度上がる。


 「……この短時間で、球速が上がってる……?」


 マウンド上の堂島は、表情一つ変えない。


 ただ、前を見ている。

 その目は、藤原のホームランを思い出してはいない。

 今、自分の真価が問われているだけだ。


 ――ラストボール。


 ヤマモトが一拍、静かに息を飲んでからミットを構える。


 (来い……俺の見たことない“その先”を)


 堂島は踏み込む。


 踏み込みの音すら、観客の耳に届く気がした。


 そして――


 腕がしなり、全身のしなやかな動作から繰り出された最後の一球。


 ズドォン!!


 電光掲示板には、154km/hの文字。


 三好のバットは空を切り、打席に崩れるように膝を落とした。


 ――空振り三振。


 ベンチのヤマモトは、ミットを胸に置いたまま、ゆっくりと立ち上がった。


 (やべぇよ堂島……あの一発、確実に“糧”にしてやがる)


 マウンド上の堂島は、視線を下げず、ただ淡々と次の打者に向き直る。


 その背中に、確かな重みがあった。


 打たれたからこそ、堂島は強くなった。


 それは、グラウンドの誰もが否応なしに認める、“天才の更新”だった。

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