第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目・怪物との対決再び②
大阪大和学園ベンチ。
獅子丸が無言で戻ってくると、ベンチ内の空気が一瞬だけ張り詰めた。
「……三振だと?」
誰かが漏らしたその言葉に、誰も返事をしなかった。
バットを静かにラックに戻し、獅子丸は自分の座席へ腰を下ろす。
額に流れる汗を拭うことも、視線を落とすこともない。
ただ、グラウンドを見ていた。
試合が続いていることを、忘れているかのように。
(完璧な直球だった。球速も、コースも、タイミングも)
脳内でリプレイされるスローモーション。
打てなかった。反応すらできなかった。
(――じゃあ、俺はどうする?)
問う。
自分自身に、はじめて明確に。
(同じ状況でもう一度打席に立ったとき、今のままじゃ、何も変えられない)
ほんのわずかに、グラブを握る手に力が入った。
それは、“学びたい”という欲求だった。
天童獅子丸という存在にとって、成長とは無縁だった。
感覚のまま、才能のまま。積み重ねではなく、瞬間で支配してきた。
だが――今、初めて。
“超えるために、積み重ねが必要だ”と、ほんの少しだけ理解した。
(次は……絶対に、あの直球を打つ)
横顔にわずかな火が宿る。
その変化に最初に気づいたのは、ベンチの端に座る3年の主将・伊達剛志だった。
「……へえ」
ニヤリと口角を上げ、帽子のツバを持ち上げる。
「獅子丸、お前……やっと楽しくなってきたんか?」
声をかけるでもなく、ただ独り言のように呟く。
だがその言葉は、確かに天童の胸に届いていた。
彼は答えない。ただ、目を細める。
遠く、マウンドに立つ岡田翔を、再び見据えて。
(もう一度、来い。お前のストレートを、俺は……)
グラウンドでは、試合が再開していた。
堂島隼人がマウンドに戻る。
藤原の一発で同点に追いつかれたこの局面で、彼がどう応えるか。
だが、ベンチにいる天童獅子丸の内面では、
この試合における“本当の戦い”が、静かに幕を開けていた。
これは、ただのリベンジではない。
これは、才能が“努力”と出会った瞬間の物語だった。