第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目・頼れる精神的柱 藤原 守という男③
バックスクリーンへと吸い込まれた白球の余韻が、まだ球場の空に残っている。
藤原守は、いつものように淡々とベースを回る。
一塁、二塁、三塁――そしてホーム。
戻ってくるその姿に、横浜桐生学院ベンチの誰もが、一瞬息を呑んだ。
だが、ホームを踏んだその瞬間――
「っっっしゃぁあああああ!!!」
チームが一気に爆発した。
「マジかよ藤原さん!!」「打ったぞ! バックスクリーンだぞ!?」「今の真芯……完璧だった!!」
ベンチ最前列に並んでいたメンバーたちが、次々と藤原に駆け寄る。
腕を伸ばし、肩を叩き、何度も手のひらをぶつけ合う。
その勢いに、藤原はわずかにバランスを崩しそうになるほどだった。
「やっばいってマジで!」「今の150超えてたよな!? あの堂島からだぞ!」
大声で叫ぶ者、信じられないと何度も繰り返す者、涙目で笑う者までいた。
しかし――
その中心にいる藤原だけが、まるで別の空気にいた。
バットをラックに戻しながら、ただ静かに息を吐く。
「……ちょっと高かったな、ストレート」
その一言に、周囲がまたざわついた。
「え、それだけ!?」「え、冷静すぎない?」「今の、事故じゃないんだ……」
チームメイトの驚きは、藤原の“本物の自信”に触れた瞬間だった。
「たまたまじゃなくて、“分かってて打った”ってことかよ……」
言葉に出した誰かの声に、皆が無言で頷く。
――“すげぇ”の中に、尊敬と信頼が宿りはじめていた。
それは、4番としての重み。
試合の流れを引き戻す「一撃」を放つ者にだけ許される景色だった。
藤原は最後に、ベンチ奥のスコアボードを一瞥し、言った。
「まだ1点差。次の回、絶対守り切るぞ」
その瞬間、ベンチの空気がキリリと引き締まる。
さっきまで大騒ぎしていた選手たちが、すっと座り直し、帽子のつばに手を添える。
――たった一言で空気を変える。
それが、藤原守という男の“本当の力”だった。