第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目・寡黙なエース岡田 静かに燃える③
マウンドに一人立った岡田翔の目には、もう打席以外は映っていなかった。
――相手は、伊達剛志。
大阪大和学園の主砲。全国屈指のスラッガー。
獅子丸と並び称される怪物打者。
それでも、岡田の中に恐れはなかった。
いや――むしろ、獅子丸の一発で、それすら超える集中が生まれていた。
(逃げない。もう、迷わない)
勝負する。真正面から。ストレート一本で。
考えるな、ぶつけろ。
それだけでいい。
藤原が構える――内角高め。
あえて、勝負球から入る。
岡田は一瞬だけ呼吸を止めた。
そして、腕を振り切る。
――ズバァン!!
ミットが爆ぜる。インハイ、146km/h。
伊達のバットがわずかに動いたが、振り切れず――
「ストライク!」
主審の声が、乾いた空気を切り裂いた。
(……振らなかった、じゃない。振れなかった)
藤原の心の中に、ぞくりと震えが走った。
今の岡田は、いつもの岡田じゃない。
「スピード」ではない。“気迫”が、球に乗っている。
伊達の眉がわずかに動く。だが、表情は変わらない。
その場に立つだけで圧を生む男が、少しだけ体を動かした。
二球目――藤原のサインは、ど真ん中。
普通なら考えられない。だが、今なら通じる。
真っ向勝負。誤魔化さず、真芯を突く。
岡田の眼が燃える。全身の筋肉が瞬間的に連動し――
ズドンッ!
ストレート、147km/h。
伊達のバットが走る!
――が、その刃は、わずかに下を切った。
「ストライクツー!」
藤原のミットに収まったボールが、唸るように震えていた。
スタンドがどよめく。
伊達剛志、完全に振り遅れ。
(いける……!)
岡田は感じていた。
相手の格に呑まれる必要はない。
大切なのは、自分の持っているものを、出し切れるかどうか。
今なら――出し切れる。
藤原のサインは、静かに頷いた。
最後の一球。
ストレート。外角低め。
勝負の一球を、岡田はゆっくりと握り直す。
視界が狭まっていく。雑音が消える。
身体が勝手に“投げ方”を覚えている。
あとは、それを信じるだけだ。
(――行け)
――ッ!
唸るような腕の振り。
しなる体幹、ブレない軸足。
全てが、過去一番の感覚だった。
外角――膝元ギリギリ。ストレート、145km/h。
伊達のバットが、全力でスイングされた。
だが――届かない。
空を切る乾いた音が響く。
「ストライークスリーッ!!」
マウンドに立つ岡田は、一歩も動かない。
伊達もまた、バットを持ったまま数秒、そこに立ち尽くしていた。
藤原はマスク越しに静かに笑った。
(――やりやがったな、お前)
捕手の構えた通りに、三球すべてストレート。
全国トップの打者を、真正面から三球三振。
これが岡田翔のピッチングと言わんばかりの完璧な投球だった。