第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目・怪物再び⑤
伊達剛志の圧巻のバッティングが終わったあと、グラウンドには一瞬、言葉を失ったような静寂が訪れた。
その空気を断ち切るように、藤堂監督がふたたび声を上げる。
「――よし、次は堂島。頼むわ」
その名前を聞いた瞬間、周囲の空気がもう一段階、張り詰めた。
ブルペンにいた男が、無言でマウンドに歩み出る。
――堂島隼人。
腕を振るでもなく、威嚇するわけでもない。ただ、マウンドへ上がるその動作すべてが洗練されていた。すでに「試合の空気」が彼を中心に回っている。そんな錯覚を起こさせるほどに。
堂島は、キャッチャーに軽く頷くと、静かにセットポジションをとった。
――シュッ!
初球、打席の内角へ矢のように突き刺さる球。
「……今の、ストレート……?」
誰かが呟く。打者はかすかに差し込まれ、バットを振り遅れた。だが、モニターに表示された球速を見て、周囲がざわめいた。
「……カット、ボール?」
キャッチャーが、ミット越しに小さく頷く。
球速表示140km/h。だが、それはストレートではなかった。
――140キロのカットボール。
わずかに外角へスライドしながらも、スピードは直球そのもの。芯を狙えば逃げられ、遅れると詰まる。「振らされるか、芯を外されるか」の二択しか与えられない球だった。
二球目。今度は外角ギリギリに、ストレートのように見せかけて、小さく食い込むカット。
スッと入ってくるような軌道。バットの芯を完璧にずらし、ファウルすら打たせない。
「投げ分けてる……完全に狙ってる……」
三球目、ワンテンポ遅れてからのカーブ。
高低差がえぐく、バッターが反応しても、まだボールはミットに届いていない。
堂島は静かに呼吸を整える。
――この男の武器は、球速だけではない。“間”と“読み”だ。
ただ速いだけの投手ではない。バッターの心理を読み、1球ごとに“考えさせる”投球を繰り出してくる。
そして迎えた四球目。
甘く見せかけたど真ん中に、見事な縦割れのスプリット。
振った瞬間にはもう、ボールは落ちていた。
「ストレートだと思った……今のは完全にストレートのタイミングで……」
模擬バッターが呟くようにベンチに戻ると、堂島はそのまま次の打者へと目を向けた。
決して表情を変えない。どこまでも淡々と、正確に。まるで試合の中で相手を削るように、着実に追い込んでいくその姿は、機械でも怪物でもない、「計算された脅威」だった。
見ていた陸の中で、何かが冷えるような感覚と、逆に燃え上がるような衝動が同時に湧き上がる。
(あれが――“本物の全国トップ”か……)
スピード、変化球、精度。どれもが超高校級。だが一番恐ろしいのは、「今ここで全力を出していない」という事実だった。
堂島は、ただ確認するように投げている。まるで“準備運動”でもしているかのように。
陸は思わず息を呑んだ。
伊達剛志が打撃の“柱”ならば、堂島隼人は投手としての“根幹”だ。
――この二人がチームに揃っている限り、大阪大和学園は間違いなく、“全国制覇の現実味”を持つチームになる。
そして、獅子丸はそんな男たちの中にいて、それでもなお「俺が一番強い」と信じて疑わない。
(……やっぱり、あいつのいる場所は――簡単じゃない)
だが、胸の奥でその思いがくすぶりながらも、陸は静かに拳を握った。