第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目・怪物再び③
守備練習が終わると、ノックの主が声を張り上げた。
「――じゃあ、次は二・三年組。連携確認入るぞ!」
1年生中心だった練習から、雰囲気が一気に締まる。ベンチ脇から現れたのは、明らかに貫禄を備えた面々だった。
その中央で、一塁を軽くステップしながら守備位置に就いた男がいた。
――伊達剛志。
背筋を伸ばし、構えただけで“この人が中心なんだ”と伝わる風格。体は大きく、動きは無駄がない。グラブの構え方一つ取っても、長年の経験と試合勘がにじみ出ていた。
「伊達先輩、ナイスカバーです!」
他の選手が声をかけると、伊達は頷くだけで返す。言葉数は少ないが、その落ち着きと存在感は、チーム全体の精神的支柱そのものだった。
強い打球を軽く受け止めると、鮮やかなスローでベースを踏む。
「一塁、アウトォ!」
落ち着きと集中力。クラッチヒッターと呼ばれる理由が、守備だけでも伝わってくる。
――高校通算80本超。勝負所での一打に絶大な信頼を寄せられる男。
続いて、外野から豪快な声が飛ぶ。
「おいそっち詰めろ、ライト寄れ!」
右翼手の男が身振り手振りで指示を出していた。
――今村聖人。
肩幅が広く、どこか粗削りな野生味が漂う。打撃練習ではバックスクリーンに突き刺す打球を連発していたが、守備中は気性の荒さがそのまま声に出る。
「ちょっと詰めるって言ってんだろ、聞こえてんのか!」
隣のセンターに怒鳴りつける声に、センターが苦笑いを浮かべる。だが、投げられたボールは、外野の深い位置から一直線に三塁まで届くレーザービーム。
「……あれで肩が強いとか、反則だろ……」
思わず誰かがぽつりと漏らす。
次に打球はレフトへ飛ぶ。
レフトから低く構えた選手が、地を這うような打球を滑り込んで処理した。
――岸本烈。
恵まれた体格とパワー型のスイングが特徴のスラッガータイプ。その一方で、守備の粗さを補うように、抜群のチャージスピードで前進してくる。
高1から野球を始めたという異色の経歴ながら、潜在能力の爆発力は折り紙付き。監督・藤堂が“爆発要員”として特別に期待をかけている男だ。
ミスもある。だが、そのミスすらチームを勢いづけるほどの迫力と存在感がある。
内野では、他の選手とは違い背が低い選手がいる。ひときわ小柄さが目立つが明らかに筋力量がすごいことが伝わる。そんな二塁手が華麗なステップで連携プレーに入っていた。
――梶谷拓。
他の選手と比べると背は小さい。けど、フィジカルで負けているとは思われない。そして、派手さはないが、どんな打球も正確に捌き、送球のズレも最小限に抑える堅実な守備。隣を守るバルガスと組めば、その二遊間はまさに鉄壁だった。
練習中、彼の口数は少ない。ただ、視線は常に周囲を見ており、味方のミスを自然とカバーするように動いている。
「縁の下の力持ち」という言葉が、これほど似合う男もいない。
――そのとき、グラウンドの中心に立つ藤堂監督が、ふっと笑みを浮かべた。
「これでまだ全力じゃないっていうんだから……見せてやれ。“全国レベル”の空気ってやつを」
その声に応じるように、伊達がゆっくりとバットを手に取り、再びケージへと向かっていった。