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スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】
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第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿3日目・怪物再び②

バスから選手が全員降り、大阪大和学園の選手たちはすぐにアップを始めていた。


 その動きは、ひと言で言えば“異質”だった。


 身体のサイズも、動きの質も、ただの高校生のそれではない。機械のように統率されたランニング。緩みのないストレッチ。練習開始の合図を待つまでもなく、全員が各自のルーティンに入っている。


 「……まるで、選抜チームの集まりだな」


 誰かがそう呟いた声に、陸も無意識のうちに頷いていた。


 野球部としての完成度ではなく、個の完成度。その濃度が尋常ではない。ユニフォームの下に隠された筋肉の線、シャツ越しにも分かる骨格の力強さ。鍛え抜かれた兵士たちのような練習風景だった。


 守備練習が始まると、その空気はさらに研ぎ澄まされる。


 ――ビュッ、ザシュッ!


 内野の土を抉り取るような打球が飛ぶ。ボールが滑るようにショート方向へ向かった。だが、それを拾った選手の手は一切ぶれなかった。


 「ナイス、バルガス!」


 軽やかにゴロを捌いたのは、体つきの大きい外国人選手だった。だがその動きは信じられないほど鋭く、正確だった。


 ――ルイス・バルガス。


 軽い身のこなしで逆シングルを処理し、スナップスローで一塁へと矢のような送球を放つ。芝でも人工芝でも滑らないと称される守備の職人。その評判に、まったく誇張はなかった。


 続いて、センター後方からものすごい勢いで飛び出してきた影があった。


 「カモン、カモン、オレいくぞ!」


 フライを追いかけ、ものの数秒で追いつき、グラブを差し出してスライディングキャッチ。


 ――デリック・ウィルソン。


 長身の黒人選手。その身体のしなやかさはまるで陸上選手のようだった。肩も強い。捕球と同時に一塁へ返したボールは、一直線にコースを描いてミットに吸い込まれた。


 「足速すぎる……あれ、プロじゃねえのか……」


 グラウンドの隅で見ていた選手が呟いたが、それも無理はない。50メートル5秒台の脚力に、広角打法のセンス、そして守備範囲はプロ級。すべてが規格外だった。


 そして、投手陣のブルペンでも――


 「構えてろ、レイ」


 長身の左腕が立ち上がる。


 ――赤星竜吾。


 モーションに入った瞬間、空気が一変した。しなやかな身体のしなりから、ズドンとミットに突き刺さる直球。球速は明らかに140km/hを超えている。1球、また1球と投げるたびに、ボールは唸りを上げ、キャッチャーミットが重い音を響かせる。


 「コースもえぐい……これが“ドクターK”……」


 視線を送る選手たちの表情には、驚愕と畏怖が混ざっていた。


 誰もが“主役級”の風格を持っている。しかも彼らはまだ、アップを終えただけだ。これからが本番だというのに。


 陸はグラウンドの端に立ち、じっとその様子を見つめていた。


 ――そして、その中央。


 獅子丸が、ただ一人、打撃ケージの中に立っていた。


 何も言わず、何も飾らず、静かに構える。そして――


 ガキィィィィンッ!


 打球は一直線に、センターの防球ネット最上部に突き刺さった。


 誰もが息を呑んだ。


 打球音も、軌道も、振りも、すべてが別格だった。振り抜いた直後も獅子丸は微動だにせず、そのままバットを肩に担ぎ上げる。


 「やっぱり……全然、変わってねぇな……」


 陸はそう呟きながら、自分の胸の奥で沸き立つ焦りと熱に気づいていた。


 ――自分も、変わったはずだ。

 けれど今、それを証明できるかどうかは、自分次第だ。


 合宿三日目は、もはや“練習”ではなく、“覚悟”を試される一日になろうとしていた。

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