第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿2日目・ダブルヘッダー編⑬
二回表。再び、千堂陸がバッターボックスに立つ。
初回の打席でヒットを放ち、盗塁から先制点に繋げた彼の姿は、すでに相手バッテリーの警戒対象になっていた。だが、千堂の表情に焦りや浮つきは一切ない。
バットを軽く構え、足元を均す。打席での佇まいは、まるで投手の心を静かに読み解くような気配すらあった。
――ピッチャーの癖、初球の傾向、前回の配球。
彼の中で、細かな情報が整理されていく。目の前の投手は、左のサイドスロー。初球は高めのストレートで押してくる傾向がある。
(来る……)
投手が右足を上げ、鋭く振りかぶる。その瞬間、千堂は呼吸を一つだけ深く吸った。
――来た。初球、高めのストレート。
振った。ためらいなく、迷いなく。
千堂のスイングは、どこまでもコンパクトで無駄がない。だが、ミートポイントに乗った瞬間、打球は快音とともにライト方向へ弾け飛んだ。
「――!」
ライトが背走する。フェンス手前まで追いつくも、打球はそのグラブの先をかすめてワンバウンド。外野の深部を転々とする。
千堂はすでに一塁を回り、二塁へ。まだ加速は止まらない。
外野手が拾い上げるころには、彼の背中はセカンドベースを蹴り、三塁へと向かっていた。
「いける!」
ベンチから声が飛ぶ。だが、千堂自身は無言だ。
ただ一心に、迷いのないステップで三塁へ――スライディング。
塁審の右手が、迷いなく上がった。
「セーフ!」
場内がどよめく。バッテリーに動揺が走る。1年生・千堂陸の一打が、またもや流れを引き寄せる。
ベース上でユニフォームの埃を払う千堂の横顔は、やはり冷静そのものだった。
(次の一点も、必ず取る)
彼の眼差しは、すでに次のプレーを見据えていた。