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スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】
130/202

第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿2日目・ダブルヘッダー編⑩

一塁側ブルペンでの調整を終えた井上が、静かにマウンドへと歩を進める。

 背筋は真っ直ぐ、肩に無駄な力はない。

 今日の彼には、“以前と何かが違う”空気があった。


 ――1回裏、先頭打者。


井上が左足を上げ、以前よりも一瞬“静止”するかのような間。

 その刹那、下半身の軸に体重を乗せたまま、滑らかに腕が振られる。


 ズバンッ――!


 乾いた音とともに、キャッチャーミットに真っ直ぐ収まるストレート。


インハイぎりぎり、球速表示は115km/h。だが、それ以上に“走って”見える球筋だった。


「球速はそこまで速くない。これなら打てる。」


成光学園の先頭打者・佐伯は、自分に言い聞かせるように呟いた。

井上の球速は表示で115km/h。驚く数字ではない。むしろ“遅い”部類だ。

なのに――初球のストレートを見た瞬間、ほんのわずか、違和感が脳裏をかすめた。


(伸びてる……? いや、そんなわけ――)


佐伯は首を横に振り、バットを軽く構え直す。

2球目、再びストレート。今度はアウトローへ鋭く突き刺さる。


「ストライク!」


(……クソ、タイミングが合わない)


フォームにクセはない。投球動作も滑らか。

それでも、井上の球には“手元でグンと来る”ような感覚があった。

まるで、最後の一瞬だけ加速するような。


ベンチでは、谷崎コーチが腕を組み、声を漏らす。


「あいつの良さはあの回転数だよ。数値は速くない。でも、バットが出遅れる」


回転数――井上のストレートは、平均よりも遥かに高回転だった。

そのぶん、軌道が落ちず、ホップするような“見え方”を生み出す。

加えて、フォーム改造によってリリースポイントが変化し、ボールの“見える時間”が極端に短くなった。


「数字じゃない。実際に打席に立たなきゃ、あの球のイヤらしさはわからない」


大山監督も小さく頷いた。


――3球目。

佐伯は意地でも振りにいった。1年捕手、田中の構えはインハイ。

井上がセットポジションから迷いなく腕を振る。


 ズバンッ!


視界にボールが滑り込むその瞬間、佐伯はバットを振った。

だが、ほんの一瞬――0.03秒の遅れが命取りになった。


バットは空を切り、ミットが乾いた音を鳴らす。


「ストライクスリー! バッターアウト!」


空振り三振。


佐伯の身体がよろめき、口を開けたままマウンドを見つめる。


(……なんで……? なんであの球が振り遅れる?)


速度ではない。力でもない。

“見た目以上に速い球”――それは、物理的な球速ではなく、“回転数”の魔力だった。


佐伯はバットを肩に乗せたまま、納得のいかない表情でベンチに戻る。


マウンド上の井上は、感情を顔に出さず、静かに帽子の庇に手をやった。


(――回転で勝てる。それが、あのフォーム改造で掴んだ答えだ)


試合はまだ始まったばかり。

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