第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿2日目・ダブルヘッダー編⑨
千堂の好走塁と森口の進塁打によって得点を挙げた直後。まだ回の途中、二死一塁の場面で、バッターボックスに立つのは3番・高瀬純也。構えに入った彼の顔には、焦りも力みも見えなかった。
(自分に与えられた“役目”は、繋ぐことだ)
彼は中学時代からバットコントロールに定評があり、横浜桐生学院でも打撃センスを買われていた。だが、1軍の壁は厚く、今日はようやく巡ってきたスタメンのチャンス。彼はそれを「打ちにいく場面」とは捉えていなかった。
初球は外角低めのスライダー。手を出さず、ボール。
二球目はインコース寄りのストレート。これも見送り、ツーボール。
「落ち着いてるな、高瀬……」
ベンチの大山がつぶやく。カウントを整える冷静な目。ベンチで学び続けた高瀬には、「打てる球だけを狙う」という判断力が備わっていた。
そして四球。5球目の高めのボールを見逃し、悠々と一塁へ歩く。
「ナイス選球眼!」と声が飛ぶなか、ベンチから出てきた代走と軽くタッチを交わすと、高瀬は静かにベンチへ戻っていった。
そして、打席には4番・石塚亮吾。
鋭い視線と、まるで打席が“舞台”であるかのような堂々とした歩き。体格は群を抜き、打席に入っただけで相手ベンチの空気が僅かに変わるのがわかる。
(変化球なら、見逃してもいい。狙うのは直球だけだ)
石塚の打撃は極端だった。甘い変化球に差し込まれることもあるが、ストレートに対する反応速度とパワーは、プロも目をつけるレベルだ。
初球――来た。真ん中高め、140キロのストレート。
「ッしゃあッ!!」
快音。打球はライナーで右中間を破った。右翼手が追いすがるも届かない。
「走れっ! 高瀬っ!」
ベンチの声に応えるように、ランナーの高瀬が三塁を回る。石塚は一塁を蹴って、二塁へ。
ライトからの返球が返る頃には、すでにランナーの高瀬がホームイン。ベースを蹴った勢いのまま、ガッツポーズでベンチへ向かう。
ベンチからは湧き上がる歓声。
だが、石塚本人はというと、打球の行方を確認するでもなく、ただ静かにヘルメットの庇を直していた。
「直球一本に絞って、仕留めたな……」
ベンチで大山監督が呟く。視線の先の石塚は、派手なポーズも、咆哮もない。ただ、仕事を果たした職人のように淡々と佇んでいた。