第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿2日目・ダブルヘッダー編⑧
試合の流れを見つめていた大山 龍太は、静かに立ち上がった。
グラウンドを包む春の風が、短く刈り揃えた髪をわずかに揺らす。
「……やっぱり森口は“持ってる”な」
ベンチの影から、森口の打席を見つめる大山の目には、厳しさの中に微かな温もりが浮かんでいた。
今しがた、千堂の盗塁を引き継ぎ、きっちりと右方向へ転がした森口の打撃。
それは一見地味な進塁打に過ぎなかったが、大山の目には“勝てるチームに必要な一打”と映っていた。
「アイツは、華やかじゃねぇ。だが――」
大山は視線を逸らさず、森口の戻る姿を見届ける。
「どこにでもハマるパズルのピースみてぇに、勝手に形を変えやがる」
守備に回ればポジションを問わず安定。
打席に立てばバントでも進塁打でも役割をこなす。
そして何より、仲間の動きに連動する判断力。
今のプレーだって、盗塁の成功を即座に確認し、無理なく進塁を狙ったものだった。
大山はかすかに鼻を鳴らした。
「……まったく。欲がねぇのが、惜しいくらいだな」
森口がスタメンとしてポジションを固定されることは少ない。
それでも、大山は彼を「ベンチ枠常連」ではなく、戦術を広げるキーマンと見ていた。
本人が口に出すことはないが、いつか一つのポジションを奪いたいと思っているのも知っている。
だからこそ、今のような地味な一打こそ評価すべきだと、大山は考えていた。
横からコーチが小声で問う。
「……森口、固定で起用するつもりですか?」
大山はわずかに首を横に振った。
「いや……まだ、こいつは“自在”である方が活きる。今はな」
その言葉には、監督としての深い戦術眼と、選手への信頼が混じっていた。
そして――そのすぐ後、塁上の千堂がホームインし、ベンチから歓声が上がった。
森口の進塁打から繋がった一点。
それはスタンドには目立たぬ得点でも、大山にとっては“意味のある一点”だった。
彼はふっと笑う。
「こういう点を取れるチームは、強ぇぞ」
そして、森口に目を戻し、心の中で静かに呟いた。
――お前みたいな奴が、最後に“勝負を決める場面”で生き残るんだ。