第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿2日目・ダブルヘッダー編⑦
二塁ベース上。千堂陸はスライディングの体勢から立ち上がり、ユニフォームについた土を払った。ヘルメット越しに見える瞳は、冷静さを保ったまま炎を灯している。
打席には2番・森口颯太。バットを肩に預けた構えから、ふたたび静かに立ち直した。
(次は、俺の番だ)
試合前から千堂との間で交わしていた言葉は少ない。だが、役割は明確だった。
――千堂が出たら、必ず進める。点に繋げる。
三好はわずかに表情を曇らせていた。初回の先頭にヒットを許し、さらに盗塁を決められた。焦っている――そう見て取れる。
八坂は冷静にミットを構え、外角へのスライダーで立て直そうとした。
(それを、使ってくるなら……)
1ボール1ストライクからの3球目。森口はスライダーを待っていた。
「来い……」
ヒザ下に滑り込む球を、森口は体の軸を保ったまま、バットを残して引っかける。
バットの先に当たった打球は、ふわりと浮かんだ。
セカンド後方――前進守備の隙を突く、絶妙な落とし球。
「落ちる!」
セカンドとライトの間にぽっかりと空いた芝生に、白球が吸い込まれた。
千堂がスタートを切る。打球を見て迷うことなく三塁ベースを蹴り、そのままホームへ一直線。
成光の外野が懸命に処理するが、森口の走塁は鋭く、千堂の足も止まらない。
「ホーム突っ込むぞーッ!」
サードコーチャーの叫びに背中を押され、千堂は左足からホームに飛び込んだ。
クロスプレー――かと思われたが、八坂のミットがわずかに浮いた。
「セーフ!」
球審の声が響いた瞬間、千堂の拳が土を叩いた。
森口は一塁ベース上で息を整えながら、静かに視線をホームに送る。
千堂と目が合った。
何も言わない。だが、わずかに頷いた。
(繋いだぞ)
それは、声なき確認だった。
1−0。初回、千堂陸の出塁と盗塁、そして森口颯太のしぶとい一打によって、横浜桐生学院は先制に成功する。
――地味な点かもしれない。華やかさはない。
だが、「勝つための野球」が、そこには確かにあった。