第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿2日目・ダブルヘッダー編②
初回7点の猛攻を終え、グラウンドの空気が静まり返る。だが、その沈黙はただの休息ではない――マウンドに立った岡田翔が放つ、張り詰めた気迫そのものだった。
キャッチャーミットを構える藤原守は、マスク越しに打席の打者をじっと見つめた。
(顔が硬いな。初球、確実に見送ってくる)
バッターは武蔵野実業の1番・宮内。小柄だが選球眼に優れ、出塁率が高いタイプ。だが、この男は“様子見”の癖が強い。
藤原は迷わず外角低めを要求した。
岡田がプレートを踏み、わずかに頷く。無駄のない動作で足を上げ、左腕を振り抜く。
――ズバンッ!
低めいっぱい、スピンの効いた138キロのストレートが、吸い込まれるように藤原のミットへ収まった。
宮内のバットは動かない。目だけが一瞬、見開かれる。
「ストライク、ワン!」
藤原は内心で軽く笑う。
(“そんな速さじゃない”と思ったろ。でもそのまま来る)
二球目、今度はインハイを突く。藤原のサインに岡田が再び頷く。
岡田の投球は、テンポが速い。打者の間合いを一切与えない。
高めに浮かせたつもりのストレートが、宮内のバットの芯を外してスイングさせた。ファウル。ツーストライク。
(もう逃げ道はない)
3球目、藤原は“最初から決めていた”フォークのサインを出す。
宮内の体が反応する前に、球は手元で鋭く沈む。バットが空を斬る。
――三振。
藤原は静かにボールを返すと、2番打者に目を向けた。
打席に入るのは2番・谷岡。中肉中背のバランスタイプ。緊張からか、バットが少し早めに揺れていた。
(狙ってくるかもしれないな)
藤原は、逆に“誘う”リードを選んだ。内角の甘めにストレート。見逃し。
谷岡の眉がピクリと動いた。
(来ると思ったのに、打てない)
二球目はやや外れたかに見えるスライダー。藤原は確信していた。
(見極められない。フォームの間が完璧なんだ)
谷岡のバットが出かけて、止まらず空振り。
藤原は、最後に「もっと速く感じる球」を選ぶ。ストレートを、再びインコースへ。
打者の目線を外に振ってからの真芯勝負。岡田のフォームがわずかに力む。
――ズドン!
谷岡のスイングは完全に差し込まれ、三振。
スタンドがどよめく。連続三球三振。それもすべて違うコース。
3人目の打者は3番・佐々木。武蔵野実業の中でもパンチ力がある強打者。ベンチからも「打って流れを変えろ!」の声が飛ぶ。
佐々木は構えながら、目で岡田を睨むように見つめる。
藤原は、あえてストレート勝負を選んだ。佐々木は、1球目に賭けてくるタイプだと知っている。
初球、外角ギリギリのストレート。狙ったスイングだったが、ミットに届く直前でわずかに伸び、空振り。
「ワンストライク!」
2球目、今度は少しだけ見せ球のスライダー。打者は見逃したが、審判の手が上がる。
ツーストライク。藤原は、マスクの奥で目を細めた。
(さて、ここで落とそう)
3球目、左腕から放たれたのは岡田お得意のフォーク。ギリギリまでストレートと同じ軌道を描き、ホームベース前で沈む。
佐々木のスイングは大きく空を斬り、空振り三振。
三者三球三振――9球で終えた完璧な1イニング。
しかしマウンドの岡田は、ただ一度、帽子の庇に手をやっただけだった。