表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】
120/198

第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(三好&高橋編⑤)

グラウンドの夕陽は、さっきよりもずいぶん赤みを帯びていた。

土の感触が心なしかひんやりとしている。

空気も落ち着いてきた頃、ノッカーが再び声を張った。


「よし、じゃあここからは普通の守備ノックに戻すぞー!」


三好が軽くキャッチボール用のグラブに持ち替え、先に声をかけてくる。


「高橋、そのまま続けろ。ただし――さっきの動きを“今のスピード”で再現しろ。

さっきゆっくりやったことを、今度は実戦のテンポでやる。できるか?」


「……やってみます!」


高橋は小さく気合いを入れ直した。

スローモーション守備で感じた自分の課題――

グラブの出し方、腰の高さ、送球動作の無駄、そして足の位置。

それらを一つずつ思い出す。


(今度はスピードがある。でも、焦るな。流れを“なぞる”ように……)


最初の打球は、二塁手の正面。

ノックの音と同時に、体が自然と反応する。

これまでなら焦って一歩目がバラつくところだが、

今日は腰が沈んでいる分、視線も低く、球筋をしっかり追えている。


グラブを出す位置も、さっき“ゆっくり確認した場所”にピタリと合う。

土の跳ね方まで見えていた。


“トンッ”と小気味よく捕球し、右足を踏み出しながらスムーズに送球体勢へ。


「……よし、フォーム安定してるぞ、高橋!」


ノッカーの声が響く。

練習とはいえ、そのひと言が胸に染みた。


次の一球は、右への深い打球。

ステップを大きく取りながら追いかける。

体勢が崩れそうになったが、慌てずに左足で支え、グラブを逆シングル気味に出す。


捕球――

(焦るな……スローでやった時と同じリズムを……!)


ステップをひとつ入れて、落ち着いて中継へ送球。

滑らかな一連の動きが、自分の中でしっかり繋がった。


三好がネット越しから口を開く。


「いいぞ、さっきの“動きのイメージ”が残ってるな。

そのリズムで全部処理してみろ。

“焦らないのに速い”――それが理想の守備だ」


(焦らないのに、速い……)


その言葉が妙に響いた。

早く動くのではない。正確な動きが“結果として速さを生む”。

それを今、実感している。


次々と打たれるノックに対し、高橋の動きは一切のブレがなかった。

グラブを出すタイミング、ボールを捉える角度、ステップの幅、そして送球動作まで――

すべてが“さっきスローでなぞった道筋”の上にある。


それが、不思議と体に馴染んでいた。


「あと3本!」


ノッカーの声が張る。

1本目、三塁寄りに流れる難しいバウンド。

バウンドを読むため、一歩引き、腰を低くして待つ。

グラブが自然に出て、左足で体を支えながら、素早く一塁送球。


2本目、正面だが勢いが強い。

体の軸を保ったまま胸の前で収めて、素早くステップを切る。

ショートバウンドぎみに送球するが、焦りはない。


そしてラスト1本――

一塁側への完全な逆シングル。

走りながら、最後の1歩でバランスを整える。


「――落ち着いて!」


三好の声が飛ぶ。


(わかってる)


右足で地面を捉え、体を開かずにグラブを滑り込ませる。

ボールが吸い込まれるようにグラブに収まった瞬間、無意識に左足が次のステップを踏んでいた。


送球――

“シュッ”と軽やかな音がグラウンドを切る。


「ナイス、ラスト!」


ノッカーの声に混じって、後方からも拍手が聞こえた。


高橋はゆっくりとグラブを外しながら、肩で息をしていた。

けれど、ただ疲れただけじゃない。

今、自分の“動きの質”が変わったことを、体全体が理解していた。


隣に立っていた三好が、小さくつぶやいた。


「……今のお前なら、“急がずに間に合う”。

それは守備が“見えてる”ってことだ。

焦らない守備は、自信のある守備になる」


高橋は、少しだけ笑ってうなずいた。

さっきまで意識していた“ゆっくり”の動きが、自然と“速さ”に変わっている。


焦らない。けれど、確実に前へ。


守備の本質が、ようやく自分の中に根を張り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ