第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(加藤&佐藤編③)
グラウンド脇、倉庫前の空きスペース。
普段はあまり使われないその一角に、簡易なトレーニングマシンと照明スタンドが設置されていた。
「よし、今からは“反応”の練習だ」
加藤勇斗がバットを軽く持ち上げながら、佐藤悠真に声をかけた。
「力じゃない。反応と集中。それが速い球に対応する鍵になる。
このマシン、ランダムでボールが出るように設定してある。合図は……これな」
加藤が指差したのは、スタンドに立てかけた点滅式のライト。
「このライトが点いたら、0.5秒以内にスイング体勢に入れ。遅れたら当たらない」
佐藤は、やや緊張した面持ちで構えに入った。
スタンスを確認し、軽くバットを握り直す。
「リラックスしろ。だけど、神経は研ぎ澄ませておけ。
お前の集中力、どこまで通用するか見てみよう」
ピッという短い電子音のあと――
突然、ライトがパッと点滅した。
「ッ!」
即座に佐藤が体を動かすと、同時にマシンから低い音を立ててボールが射出される。
スイング。ギリギリでボールの芯をとらえた打球がネットに向かって突き刺さった。
「……よし、いい反応だ。だが、今のは遅れぎみだな。
“予測”じゃなくて、“感じ取る”んだ。
光と同時に動くくらいの意識でいけ」
次の一球――
ライトの合図はなかなか来ない。数秒、無音の時間が続く。
そして、突然。
「ッ!」
佐藤の肩がわずかに動いた瞬間、ボールが発射された。
だがスイングはわずかに遅れ、バットは空を切った。
「…今の、焦ったな」
加藤が静かに言う。
「“まだ来ない”って思った瞬間に体が固まってた。
来るかもしれない、を常にキープしろ。
これは神経のトレーニングだ。体じゃなく、脳みそを汗かかせろ」
佐藤は、息を整えながらうなずいた。
以後、10球ほど繰り返すうちに、佐藤の動きは徐々に研ぎ澄まされていく。
目の動き、肩の反応、バットの出が一体になり、空振りも減っていく。
最後の1球――
ライトが点いたとほぼ同時にバットが走り、“パンッ”と乾いた音がグラウンドに響いた。
「……いい。
その集中、忘れるなよ。
速球を打つのは、技術じゃなくて意識の勝負だ」
佐藤は大きく深呼吸をして、汗をぬぐった。
体よりも、頭の芯が熱くなっていた。