第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(加藤&佐藤編①)
午後のグラウンドには、少し傾いた日差しが差し込んでいた。
バックネット裏の影がじわりと伸びていく中、簡易ネットとバッティングマシンの準備が整う。
「じゃあ始めよう、佐藤。
今日やるのは“ミートポイント”の確認だ。毎回打点がズレてる。自分で気づいてるか?」
そう声をかけてきたのは、センターを守る3年生、加藤勇斗。
チームを引っ張る熱血タイプのレギュラー選手だ。
汗をぬぐいもせず、ノックバットを片手に真剣な眼差しを向けてくる。
佐藤悠真は、小さくうなずきながらバットを握り直す。
「わかってるつもりだったんですけど、どうしても芯に当たらなくて……」
「“つもり”はいらない。大事なのは“感覚”をつかむことだ。
今回はしっかり“当てる感覚”を体に染み込ませよう。
ボールはランダムに出すから、振る前に“どこで打つか”を見極めろ。無理に振らなくていい」
加藤の合図とともに、トスが放たれた。
佐藤は1球目を振り抜く。
手応えはあったが、打球は詰まったような鈍い音を立ててネットに転がった。
「今のは前すぎる。焦って体が突っ込んでる。
ステップをもう少し小さくして、打点を後ろに残せ」
「はい!」
次の球はアウトコース寄り。
佐藤は一度深呼吸をして、意識を“前ではなく横”に切り替える。
スイング。
「パスッ」と乾いた打球音。打球がライナー気味に飛んでいった。
「よし、今のはいい。
でも体が少し開いてたな。腰が先に回って、上半身とのタイミングがズレてた。
下半身と上半身をしっかり連動させて、もう一度!」
加藤は佐藤のフォームを後ろからじっくり観察しながら、的確な指示を出し続ける。
「膝を曲げすぎず、でも軸はぶらさない。目線も最後まで。
当てにいくんじゃない。**“打ちにいく”**んだ」
その一言に、佐藤の表情が少し変わる。目の奥に集中の色が増す。
次の1球。
ボールが投じられた瞬間、佐藤は“ここだ”と打点を見極め、スイングした。
「パンッ」という芯を捉えた音が、周囲に響いた。
「……いい音だ。
今のは完璧に芯を食った。
音が違ったろ? あれが“お前の打点”だ。忘れるなよ」
肩で息をしながら、佐藤はネットに跳ね返ったボールを見つめた。
ただ遠くへ飛んだ打球よりも、手に残る感覚――
“芯でとらえた”あの一瞬が、彼の中に深く刻まれていた。