第2幕: 高校1年生の春──紅白戦開始⑤
一塁上でリードを取る千堂陸。
視線の先には左腕・石上直人、そして捕手の江原慎吾がいる。
(簡単には走らせてくれないだろうな…)
石上は冷静に牽制の間合いを測る。
球速こそ速くはないが、彼の投球には計算された冷徹な意図が見え隠れしている。打者との心理戦に長け、走者との駆け引きにも抜かりはない。
「ふっ…しつこい奴だな」
千堂は少しずつリードを広げる。その動きを察知した石上は、瞬時に一塁へ鋭い牽制を投じた。
(速くはないけれど、フォームにクセがなくて読みづらい…)
千堂はギリギリで帰塁し、もう一度、石上の目線が自分に注がれるのを感じる。
その一方で、捕手の江原慎吾も冷静だった。
彼は、千堂の足を警戒しながらも、ピッチャーに小さく合図を送る。
(初球は速球だ。俺も肩には自信がある。クイックで投げれば、あの1年生には盗塁なんて決められるはずがない)
江原はピッチャーのリズムに合わせ、千堂の動きに注意を払いながら適切なサインを送る。
石上は再びセットポジションに入り、千堂は石上の足をじっと観察する。
(初球は速球だろう…変化球を多く投げることはないはずだ。走りたい気持ちもあるが、どうだろうか。外されたら厳しいかもしれない。けど、1年生のチームはあの先輩にビビっている。ここは勝負だ)
そして――
石上が右足を上げた瞬間、千堂が一気にスタートを切る!
「行った!」
江原はその動きを予測し、すぐに反応する。
初球、盗塁を警戒し、ボール球にする。ボールをキャッチし、すぐに送球を開始。強肩が光り、速球が二塁へと飛ぶ。
しかし、千堂の一歩目は素早く、江原の送球よりも早く、二塁に到達していた。
スライディング――セーフ!
「よしっ!」
千堂は塁上で拳を握りしめた。
石上は苦笑いを浮かべ、マウンドの上でじっとその光景を見守る。
江原は一瞬、眉をひそめてから、静かにリセットする。
(やるな…)
その瞬間、千堂陸が勝負を制したことが、グラウンドの空気を一変させた。




