第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(藤原&松岡編③)
「じゃあ、1つずつやっていこう」
藤原が言うと、松岡はティーの前に立ち、まずは自分の通常フォームで構えた。
軽く深呼吸をして、スイング――。
カン、と乾いた打球音。やや芯を外したが、弾道は悪くない。だが藤原は首を横に振る。
「悪くない。でも、お前のスイングじゃない」
「……えっ」
「もう一度。今のは“当てにいったスイング”だ。俺に見せるんじゃない、自分の“信じてるフォーム”を思い出せ」
松岡はもう一度、足元を見た。右手の握りを直し、ヘルメットのつばに軽く触れる。自分だけの“入り方”を作るように、ゆっくりと構え直した。
今度は――カキン、と鋭く乾いた打球音。
「……よし。それが、“お前のスイング”だ」
藤原の声は穏やかだったが、芯が通っていた。
それから松岡は順に、ひとつずつ藤原の指示通りにティーバッティングをこなしていった。
腰を落として、太ももを震わせながらもスイングし、
一本足でバランスを崩しかけながらも軸を意識し、
ワンバウンドにタイミングを合わせ、
逆打ちで力を抜く感覚を取り戻していく。
歩きながらのスイングで自分のリズムを探り、
連続スイングで体幹とフォームの一致を確認し、
バランスボールの上で不安定な中、体幹を意識しながらも丁寧にバットを振った。
「打球の伸び、変わってきただろ」
藤原が静かに言ったとき、松岡はすぐには返さず、自分の打球を見つめていた。
「……はい。なんか、余計な力が抜けた気がします」
「それでいい。自分の“真ん中”をつかめば、フォームは自然に戻ってくる」
最後に、軽量バットに持ち替える。松岡が驚いた顔をした。
「軽い……けど、なんか振り遅れてる気がします」
「その感覚が大事だ。普段はバットの重さで勢いをつけてたってことだ。本当のスイングってのは、“振る”んじゃない。“走らせる”んだよ、バットを」
藤原の言葉に、松岡はもう一度、軽量バットで振り抜く。
たった800グラムの金属が、走るように彼の身体を抜けた。音が軽くなったぶん、手応えが鮮明に響く。
「この感覚……なんか、不思議です」
「覚えておけ。それが、お前の“基準”になる。疲れてても、スランプでも、ここに戻ってこられるようにするんだ。……それが、平常心を守るってことだよ」
11種類すべてを終えた松岡は、汗だくのまま、しばらくバットを見つめていた。
やったことのない打ち方ばかりだった。だが、不思議と“自分の芯”が定まったような気がする。
「ありがとうございました……藤原さん」
「礼はいい。これから毎日やるぞ。最初はフォームを整えるだけで精一杯だろうが、慣れてきたら“自分の調子”を確かめる時間に変わってくる」
藤原は最後にこう付け加えた。
「4番に必要なのは、豪快なスイングじゃない。“どんな状況でも、自分でいられること”だ。そのために練習がある。忘れるなよ、松岡
ちなみに俺も2年前、1年生の時に神原さんに教わったことだ。」
松岡は、深くうなずいた。
午後の練習が終わるころ、彼のスイングは確かに“昨日の自分”とは違っていた。