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第9話 揺れ動く学園



「フゥ――」


 残心。剣を鞘に仕舞う。

 手加減はした。負傷はすれど死にはしないだろう。

 倒れたままこちらを見つめるガリウスに、俺は敗因を告げる。



「強引に鍔競り合いを制そうとしたのは、悪手(あくしゅ)だ。

至近距離で俺を相手にせず、風の機動力を活かして遠距離から戦い続けるべきだった」



 剛速剣、風の刃、毒の息。

 必殺の三段構えを打ち砕かれ、動揺の余り判断を誤ったか。

 いずれにせよ今回は俺の勝ちだったが、今後はこの敗北を活かしてほしい。

 そして機会があれば、また戦いたいものだ。

 この国を背負う騎士の名に恥じない、見事な戦いであった。



「……ティグル・アーネスト」


「ん?」


「お前は、一体何をしにきた……? それ程の実力がありながら、この学園に何を望む……?」



 不意に、倒れたままのガリウスに尋ねられた。

 特に隠すようなことでもない。俺は素直にこう答えた。



「最強になりたい」


「は……?」


「この程度では満足できない。俺はまだ剣の頂に至っていない」



 だが、決して一人では届かない夢だ。

 それを俺は叶えにきた。



「俺は仲間を探しにきたんだ。共に野望を目指す同胞を」


「……どういう意味だ」



 倒れ伏したまま怪訝な顔を浮かべるガリウス。

 うーむ、今の説明ではちょっと分かりづらかっただろうか?



「……要するに、あれだ。友達を作りにきたんだ」



 少し考えて、俺はそう言い直した。

 ガリウスはなぜか、俺の言葉に一瞬目を丸くして。

 


「つまりお前は……友達を作るために、わざわざこの学園に来たというのか?」


「え、あ、うん。そうなるのかな?」



 最終的な目的は剣の頂に辿り着くことだが、過程だけ切り取ればそういうことになるだろう。


 ……そして、愕然とした表情を浮かべるガリウスだったが、やがて俺の眼を見て何かに気付いたように苦笑してみせた。



「お前の正体は知らないが……お前の剣に対する、真摯さはよくわかったよ。

本物(・・)だ、お前は」


「? どういう意味だ?」



 意味深な言葉を呟いたので聞き返すも、返事は返ってこなかった。

 どうやら気絶してしまったらしい。


 ……何か、探るような目をしていたような気がするが。

 多分大丈夫だよな? 最後笑ってたし。



「さて、これで晴れて編入試験は合格なわけだが……」



 周りを見渡す。

 観客は未だ静まり返っていた。

 しかし試合中の、生徒達の声は俺にもよく聞こえていた。

 どうやらこの場所はただの学園ではないらしい事は、流石に俺も気づいていた。

 だからといって、今更引き下がる理由など無いがな――



「さて」



 ――そして、驚愕を浮かべ固まる生徒達の内、違う気配を漂わせる少女が一人。

 こちらを静かに睥睨する、赤毛の少女と目が合った。



「……フン」



 名も知らぬ赤毛の少女は視線に気づくと、鼻を鳴らして身を(ひるがえ)し去った。

 少し遅れて、取り巻きの生徒数人が慌てて後を追う。

 一目でわかった。剣士としての才覚、彼女は頭抜けた強者であると。



「学園生活……十分楽しめそうだな」



 ひとまず、最初の関門は突破である。

 ここからが俺の再スタートだ。




(三人称視点)



 修練場は今、かつてない動揺と困惑に包まれていた。



「ガリウス先生が、負けた……?」

「え、嘘でしょ」

「なんであんな、平民なんかに」

「不正をしていたに違いない! 俺たちと変わらない年で、ガリウス先生の剛剣を受け止めるなんてありえない!」



 思いのままに言葉を吐き出す生徒達。その多くは、ティグルの勝利に懐疑的であった。

 眼前には倒れ伏すガリウスという明確な結果があるにも拘らず、その常識はずれな戦い方に脳が理解を拒んでいたのだ。

 それほどティグルの戦闘技術は高次元であり、大半の人間はティグルの実力の一端すら理解できなかった。



そして、それは教師にとっても例外ではない。



「す、すごい……勝っちゃいました。あのガリウス先生に」



 新人教師マルル・フレリアは、未だに目の前の光景が飲み込めず唖然と呟いた。

 ガリウス・ガーランドは学園に所属する教師の中で、間違いなくトップクラスの実力を持つ猛者であった。

 それをあっさりと、無傷で倒してみせた編入生。

 彼が学園に入学するとなれば、騒ぎ(・・)になることはマルルにも容易に想像できた。



「ルフォス学園長、ティグル・アーネストの処遇は……?」


「もちろん、合格だとも」



 そしてあっさりと、学園長ルフォス・ガラハッドはそのリスクを呑んだ。



「ほ、本気ですか学園長!?」


「本気だとも。我が校の教師を倒す程の実力者、それをみすみす逃す手はないからね」


「しかし彼は(へい)……貴族ではありません。生徒の八割が貴族階級である我が校に編入するとなると、肩身の狭い思いをすることになるのでは……」



 ――アヴァロン王立騎士養成学校は、表面上は身分の平等を謳っている。


 だが実際は貴族が幅を利かせ、平民が割りを食う差別化が進んでいた。

 貴族が平民を虐げ、権威と賄賂で成績が決まる。実力などは二の次。

 実力を重視する学園の伝統が、身分社会という制度に徐々に侵されつつあるのだ。……要因はそれだけ(・・・・・・・)ではないが(・・・・・)

 それは生徒達の意識にも反映されている。大半が貴族である学園の生徒は、平民であるティグルの編入自体を好ましく思っていない。


 教師陣の中にも貴族を尊び平民を見下す思想の持ち主は多い。先日ティグルが遭遇したベクターという教師もその一人だ。

 ……だがその思想を否定し、実力主義という従来の理念に立ち帰るべきと、考える者もいる。




「そこは我々教師陣の頑張りどころだね、マルル教諭。

……そうだ、ティグル君は君のクラスに編入させるとしよう。確か空きがあった筈だね」


「えっ」



 突然猛獣の世話係を命じられたマルルが目を白黒させている間、ルフォスは静かにティグルの背中を見つめていた。



(……恐ろしい少年だ。圧倒的な剛の剣術を扱いながら、慢心していない。貴族のボンボン共のごっこ遊び(・・・・・)とは大違いだな)



 大半の生徒と教師がティグルの本性(・・)に気づかないでいたが、何事にも例外は存在する。

 その一人がこの男、ルフォス・ガラハッドであった。



(普通、それだけの実力を身につければ慢心するものだろう。

だが彼にはそれがない。それがティグルを初めて見た時に感じた、違和感の正体。

恐らくガリウス教諭もそれに気づいたのだろう)



 ルフォスもまた、ガリウスと同じく無数の死線を潜り抜けてきた剣士。

 優れた剣士は、見ただけでその剣士の実力と内面を読み取れる。



(私の直感では……敗北を学び(・・・・・)慢心を捨てた(・・・・・・)。そう、そんな印象を受けた。

あの冷静さと謙虚さは、数多の戦いを経ねば得られない。決してあの年の少年が得られる価値感ではない)



 常識離れした実力と、その根底に横たわる価値観。

 それを併せ持つには若すぎる少年。ティグル・アーネスト。


 少年のそのちぐはぐ(・・・・)さを把握した上で、ルフォスは敢えてそれ以上の思索を止めた。



(……これ以上の解を求めるならば、それなりの覚悟が必要か。少なくとも今ではない)



 正体不明の未知なる獣。

 ティグルの危険性を告げる本能と、ティグルの有用性を告げる理性の天秤。

 ルフォスの天秤は、後者に傾いていた。



(ガリウス教諭。彼と直に剣を交えた、君の判断を信じよう)



「……では、さっそく正式な編入手続きを進めよう。ティグル君を呼んできてくれ」





 ……そして、ティグルの本性に気づいた例外が、もう一人。


「「「フィレム様!!」」」


「――――」


 修練場を去ろうとしていたその少女に、追い縋る数人の貴族階級の生徒達。

 少女は足を止めず、何も話さない。

 紅蓮(ぐれん)の髪をたなびかせながら規則正しく足音を響かせるその姿は、若年(じゃくねん)ながらも既に風格を漂わせていた。



「お、お待ちくださいフィレム様……一体どうなされたのですか。突然お帰りになるなど――」


「――不愉快だ」



 (さえぎ)るように、静かな声が響いた。

 何か不興(ふきょう)を買ってしまったかと、取り巻きの生徒たちが動揺する。



「フィ、フィレム様? 私たちが何か……」


「あの平民の事だ。私にあのような生意気な視線を向けるなど、不愉快極まりない」



 赤毛の少女――フィレム・ユーウェインは、そう吐き捨てるように言った。

 その不機嫌さを表すように、足音の重みが増したように聞こえた。



「常識を知らず、無謀を知らず、ひたすらに夢を追い求めることしか考えていない。幼稚な愚か者の眼差しだ。あの妖精(・・・・)と同じようにな」


「妖精……あのリリの事ですか?」


「見ただけでわかった。あの男もリリと同じく、この私に刃向かうつもりだろう。

ああいう輩は一度痛い目をみないとわからないだろうな」



 困惑する取り巻き達を無視して、フィレムはそのまま修練場を後にする。

 彼女の紅眼には、仄暗(ほのぐら)い決意が宿っていた。



「私の前に立ち塞がるならば、誰であろうと容赦はしない」







 ――そして、妖精の少女は静かに目を覚ました。



「……あなたは」



 夕暮れが射す病室の壁に、一人の少年がもたれかかっていた。

 妖精の少女――リリには、覚えのある顔だった。



「目覚めたか。体調はどうだ?」



 ゆっくりと起き上がるリリの姿を見て、黒髪の少年は口元を緩めた。



「俺はティグル・アーネスト。明日から君と同じく、アヴァロン王立騎士学園に通うことになった。よろしく」




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