第54話 間話③ 厄介オタクティグル
(一人称視点)
フィレムと大喧嘩する数十分前のこと。
「今日の授業ではグループを作って、討論を行ってもらいます」
担任のマルル先生がそう告げて、クラスの生徒は数人のグループに分かれ始める。
といっても、大抵は気の知れた友人同士で組む者が多い。俺たちも例に漏れず、リリとフィレムで三人のグループとなった。
アヴァロン騎士養成学校には、実技だけでなく座学の時間も存在する。
騎士として最低限必要な教養を学ぶため、とのこと。今回の授業は『王国史』であった。
「というか、フィレムが授業に参加するとは珍しいな」
「フン。たまたま時間に余裕ができただけだ」
殆ど授業に参加しないのでなかなか気づかなかったが、フィレムも俺たちと同じクラスだった。
ただ彼女は既に、授業が必要ないほど優秀な成績を叩き出している。
公爵としての実務との兼ね合いもあって、一部を除き授業を免除されているらしい。
「リリもフィレムが来てくれて嬉しいな! 一緒に座学するのも楽しいもんね」
「……そうか。まあ、たまには息抜きに来るのも悪くないな」
そう言って少し表情を和らげるフィレムを見て、俺はふと思い出した。
「……そういえば前にフィレムが参加した時も『王国史』の授業だったような。好きなのか? 歴史」
「…………授業中の私語は慎め」
「はい、グループ分けができましたね。では本日の議題は――アーサー王の王妃、グィネヴィアについて」
ぴくり、と俺とフィレムの動きが止まった。
グィネヴィア。アーサーの王妃。つまり妻。
「彼女は我が国の建国王アーサーと結婚しましたが、残念ながら子孫を残すことはできませんでした。なぜなら“王妃が不貞を働き、アーサーから離縁を迫られた”からです。ここまでは授業でやりましたね?」
「「……」」
「歴史の表舞台から姿を消した彼女のその後については諸説ありますが、現時点で最も有力な説は“アーサーの手によって火刑に処された”というものです。
この仮説が正しいと思うかどうか、今日の授業で皆さんに討論をしてもらいます」
……討論か。そんなもの論ずるまでもないな。
俺の中で答えは決まりきっている。アーサー大好きっ娘のフィレムもきっと同じ答えに辿り着いているだろう。
「……さて。とりあえず各々の結論を先に述べるべきだな」
「そうだな。念の為だが、俺達の意見が相違ないか確認しておかなくては」
「んと、リリは二人の意見を聞いてから考えてもいい? まだリリの中で答えが出てなくて」
「構わないぞ。まああまり意味はないと思うがな」
フィレムの言う通りだ。答えの決まりきった議題に意味などない。
そして俺たちは揃って結論を口にした。
「「アーサーはグィネヴィアを火刑に処した」てない」
「「……え?」」
一瞬の空白。俺とフィレムは思わず顔を見合わせた。
「いや……え? ないだろうそれは。何考えてるんだお前」
「フィレム、俺はお前を過大評価していたようだ。アーサーに対する理解度が足りない」
「理解が足りないのはお前の方だ。一国の妃が不貞を働いたんだぞ? 国王として、そして騎士としても罰を与えなければ他の者に示しがつかない」
「不倫はよくないが、何も殺すまでしなくてもいいだろ。少なくともアーサーはそんなことしない」
意見が真っ二つに分かれた。なんということだ。
リリが置いてけぼりにされたように、交互に俺たちを見て目を白黒させている。
「リリ、少し待ってくれ。俺はフィレムにアーサーという男を理解させる使命ができた」
「ティ、ティグル……? なんかさっきからおかしいよ? 急にどうしたの??」
「フン。やけに熱心だが、お前がなんと言おうと現代では火刑説が主流だ。これは変わらん」
「アーサーと会ったことがないからそんな出鱈目を信じてしまうんだ」
「お前も会ったことはないだろう!? その謎の自信はどこから湧いてくるんだ!?」
「ちょ、ちょっと、お二人とも少し落ち着いて……」
ヒートアップする俺たちを鎮めようとマルル先生が宥めてくる。
だが俺も後には引けない。アーサーを貶めるようなこんな流説を認めるわけにはいかんのだ。
「アーサーは偉大な男だった。高潔で、誇り高く、なにより慈悲深い。
殺し合った相手を生かして帰すような懐の広さだぞ? いかに不倫されたといえども、火刑にま処すなんてことはありえない」
「ティグルが聞いたことないくらい早口で喋ってる……!」
「偉大な点については概ね同意するが、お前は何を根拠にそんなことを言っているんだ??」
「出せる根拠はないな。だが火刑説に関しても信憑性の疑わしい根拠ばかりだろう?」
「お前の謎の根拠よりは信頼できるわ愚か者」
根拠か。俺の前世の話をしたとしても、それを証明する術はないな。
なにせ千年以上前の話だ、物理的な証拠はとっくに失われている。
残されたのは妖精や精霊といった、比較的人類に友好的な長命種による口伝が殆どだ。
だからこうして様々な説が……後世で都合の良いように歪められた、アーサーの尊厳を無視した碌でもない虚言が支持されているのだろう。
「俺に言わせれば火刑説は後世で歪められた俗説だな。アーサーの騎士道を都合が悪いと考える者が、史実を歪めて伝えたのではないか?」
「そういった説もあるのは認めよう。だがそもそも騎士道とは万人に平等であるべきだ。多くの歴史が語る通りそれは間違いないし、親族だからといって罪を見逃すべきではない。
そして現代でも不貞は立派な罪だ、ましてや一国の女王が行ったとなれば極刑も十分あり得るだろう。そうしなければ民は納得しない」
「それも一理あるな、だが冷酷すぎる判断だ。アーサーならきっと騎士と王、両方を併せた見事な回答を出してくれるはずだ」
「お前のその、アーサーに対する無尽蔵の信頼は何なんだ……第一、火刑説には他の説と違い比較的まともな証拠があるんだぞ」
「ほう?」
「かの【大魔女】マーリンが記憶頼りに書いたという、アーサー王の伝記だ。そこには“色恋を無碍にする奴は燃やすべき”。という彼の言葉が残されている」
「アーサーはそんなこと言わない」
「うわ面倒臭いなコイツ……」
脱力したように項垂れるフィレム。
どうやら俺たちの意見は相容れないようだな。
「よろしい。ならば決闘で決めよう。勝った方の説を認めるという条件でな」
「愚か者が。言葉で伝わらないから剣に頼るのか? お前の根拠はその程度のものだったのか」
「このまま言い合っても解決しないだろう? 俺はアーサーの名誉の為にも、火刑説を認める訳にはいかんのだ。……だが剣での戦いでは俺が有利か。平等を期すためにハンデをやろう、両手片足禁止でどうだ?」
「あ゛? 上等だ表に出ろぶち殺してやる」
決闘成立。俺たちは揃って校庭へ向かう。
「あの…………これ、討論の授業…………」
「待って二人とも! リリも見学する〜!」
そうして、俺とフィレムの大喧嘩が始まったのだ。
◆
(三人称視点)
「腕を上げたなフィレム、【極点】も随分使いこなせるようになった!」
「クソッ、片足で木の根みたいに張り付きやがって……!」
授業中に飛び出したティグルとフィレムは、校庭でいつものように激しい戦いを繰り広げていた。
突然の騒ぎに他の教師や生徒が覗きにくるも、戦っているのが二人とわかると「またあいつらか」という顔をして引っ込んでいった。
「ティグルー! フィレムー! 二人ともがんばれー!」
「――何事かと思えば。授業時間にも決闘かな?」
「あ、学園長先生だ!」
観戦するリリの側にやってきたのは、学園長ルフォス・ガラハッドであった。
彼は二人の戦いを見て穏やかな笑みを浮かべるだけで、止めるつもりはないようだった。
「すすすすみません学園長!! いますぐ二人を止めますので……!」
「マルル教諭。あの二人を力づくで止めるのは無理だ。恐らく他の教師陣でも、私以外は無理だろうね」
「だったら止めてくださいよぉー!!?」
「同意の上なら無理に止める必要もないだろう。たまにはこういうのも、学生らしくて結構じゃないか」
「ねーねー学園長先生。“アーサー王はグィネヴィア王妃を火刑に処したのか”って、授業で話し合ったんだけど……学園長先生はどう思う?」
「ん? ……そうだな」
ルフォスは腕を組んで少し考えるそぶりの後、リリに答えた。
「私の持論になるが、恐らく殺してはいないだろう」
「……どうして?」
「グィネヴィアの末路については諸説あるが、実は生存説も意外と多いんだ。
“アーサーは寛大な心でグィネヴィアを許した”、“地下深くに幽閉された”。変わった所では、“騎士ランスロットに匿われ子孫を残した”という説もあるが、いずれにせよ生存したという話が多い。明確な証拠はないにせよ、これだけ数があるのなら生存していた可能性の方が高いのではないか、と私は考えている」
「ランスロット! リリの好きな騎士さんだ!」
「おや、君はあの【湖の騎士】のファンだったのか。これは意外だ」
「えへへ、リリに剣を教えてくれた騎士さんも、ランスロットの名前だったんだよ〜」
「……とはいえ、今となっては真相は闇の中だ。はっきりとわかっているのは、現在のペンドラゴン王家にグィネヴィアの血は引き継がれなかった、という事だ。
残されたアーサー王は大魔女マーリンと、“赤き龍”の力を借りて子孫を残した。そして現在に至るまで、アヴァロン王国の王家としてその血は引き継がれている……という訳さ」
「ふむぅ〜、学園長先生は物知りなんだね!」
「これでもかつては円卓の一席だったからね。色々と知る機会があったんだよ」
そんな会話をしていると、争っている二人の方から叫び声が聞こえてきた。
「どうした、もうスタミナ切れか? 息が上がっているぞ」
「ハァ、ハァ……こいつ、さっきから私の体力を奪い取りやがって……」
「降参するか? 今のお前の剛術ではもう俺の剛術を破れないぞ」
「……!」
はたと、ティグルの言葉を聞いて何かを思いついたフィレム。
彼女が次に声を掛けたのは、観戦していたリリの方であった。
「そうだリリ。まだお前の意見を聞いていなかった。私とティグル、どっちの意見に賛成する?」
「え? う〜ん、リリは間を取って、“ランスロットに助けられた説”にしよっかなぁ」
「私の方に付けばティグルと戦えるぞ」
「そっか! じゃあフィレムの意見に賛成する〜!」
「えっちょっと待て話が違う」
意気揚々と参戦するリリに、慌てたのはティグルである。
「何か問題でもあるのか? これはどちらの意見を通すかの戦い。ならば同じ意見を持つ者が結共闘してもおかしくはあるまい」
「いや、確かにそうかもしれないが! ハンデ有りで二人相手は流石にキツい!!
……そ、そうだリリ。フィレムじゃなくて俺の方につかないか? そうすれば俺と一緒に戦えるぞ」
「ん〜それも楽しいけど、敵として戦う方がやっぱり楽しいかな!」
「なっ……おい待てやめるんだ! 同時攻撃は良くないぞ!! うおおぉっ!??」
リリの無邪気で無慈悲な宣告と共に、ティグルの悲鳴が木霊した。




