第52話 間話② リリのアルバイト(中)
(一人称視点)
「今日もアルバイトしてるな……」
学園の休みの日。リリが姿を見せなかったので来てみたが、案の定今日もアルバイトをしていた。
「いらっしゃいませー! 今日は新作の魔導具が入荷してまーす!」
あの後、リリが働いている店を調べてみた。
カドス魔導具商店は、文字通りマジックアイテムを取り扱っている店だ。
高価な戦闘用の魔導具が主力だが、生活用のものもいくらか取り揃えているらしい。リリが宣伝しているのもそちらがメインだ。
ああやって売り出すなら比較的安価な生活用の方が効果があるのだろう。
「こんな朝早くから働くとは……よっぽどお金に困っているのか?」
リリが働き出して、そろそろ二週間が経とうとしている。
彼女はいつも申し訳なさそうに鍛錬を断るが、理由までは話してくれない。
何か話せない訳があるのだろうが、困っているのなら無視はできない。
とはいえ、これといった案も思いつかない。戦闘以外の考え事は得意じゃない。
「……そうだ。俺がお金を稼いでリリに渡すというのはどうだろう。ちょっとドラゴンでも狩ればすぐに――」
「恐らくリリが働いているのは、そんな単純な理由ではないと思うぞ」
「!?」
俺の独り言に返答したのは、いつの間にか俺の側にいたフィレムであった。
(お前、いつからそこに……!?)
(甘いなティグル。私はリリが開店の準備をする前からずっとここで見張っていたぞ)
声を潜めながらとんでもないことを言い出した。公爵家の当主が何やってるんだ?
しかしかなりの潜伏技術である。
(リリは入学する前、冒険者として生計を立てていた時期があった。今の実力ならば魔物を狩って、すぐに大金を手にする事もできるだろう。アルバイトより余程効率的だ)
(確かにそんな事を言っていたが……どうやって調べたんだ?)
(衰退したとはいえ、ユーウェイン家の情報網を甘く見るな。……で、冒険者でなくあの店でアルバイトをしているということは、単純な金の話ではないのだろう。あの店でないとならない理由……例えば何か約束事をした、とか)
(約束……?)
(残念ながら、そこまで詳しいことはわからん)
「こちらが本日の新商品【宙に浮く手鏡】です! 魔力を流すとこんな風に……ほら!」
リリの働く姿をじっと見守るフィレム。
その姿はまるで我が仔を陰から見守る母ライオンである。
(……。仮に、仮にだが。リリがもし、剣の道を歩むよりも、純粋にあの店で働くことが楽しんでいるのなら。お前はどうする?)
(応援するとも)
フィレムの問いに、ティグルは即答した。
(俺たちの歩む道は誰かに強いるものではない。そもそも本気で望まなければ続かない道のりだ。リリがもし剣よりも良い道を見つけたのならば、友として応援するのが筋というものだ)
(……そうか)
(……ただ、個人的な意見を言わせてもらうのであれば)
本心から楽しそうに接客を続けるリリの姿を見て、ティグルはすっと目を細めた。
(リリとは同じ道のりを、一緒に歩いて行きたいと思っている)
◆
(三人称視点)
「ふんふんふーん♪」
その日の営業も無事終わり、店内の後片付けをしながらリリは上機嫌に鼻歌を歌っていた。
それもそのはず。後一日で、約束の二週間が終わるからだ。
(あと一日だけ頑張れば、ティグルに魔導具をプレゼントできる! 喜んでくれるかな〜♪)
「よいしょっと」
非力な妖精族の筋力では、魔導具の入った木箱を持ち運びするのも苦労する。
リリは巧みに翅を動かしたり、風魔術で補助しながら店内を整理していく。
(あっという間だったけど、意外とアルバイトも楽しかったなあ。お客さんが喜んでくれるとリリも嬉しかったし。リリ、実は接客とか向いてるのかも)
そんなことを考えながら作業していると、ふと一つの大きな箱が目に入った。
厳重に封じられた金属製の箱。にしては、無造作に棚の上に置かれているように見えた。
(あれは……店長さんが持ってきた箱だよね)
リリが聞いたところには、カドスが仕入れた“とても貴重な品物”らしい。
彼がついさっき持ってきて、間違っても絶対に壊さないよう注意されていたので、リリは中身も確認せず近づかないようにしていたのだが。
その箱の中身が突如、爆発した。
「え」
ガラス板を纏めて叩き割ったような凄まじい音がした。
急な出来事に理解が追いつかないリリ。
封をちぎり、重たい蓋が一瞬ふわりと浮かび上がる。それでも外箱が頑丈なお陰で、爆風が外に漏れることは殆どなかった。
もくもくと煙を吐きながら沈黙する商品。
「どうしていきなり爆発したの……? 何もしてないのに」
「――今の音はなんだ!?」
呆然とするリリの耳に届いたのは、慌てて駆けてくるカドスの声だった。
そして大事な商品の異変に気付き、蓋を開けて彼は愕然とした。
「て、てんちょーさん……」
「商品が粉々だっ、お前の仕業か!? 大事な商品に何をした!」
「リリ、なんにもしてないよ……急にあの箱の中身が、爆発したの」
「なんだと……? 嘘をつくんじゃない! 何もしていないのに爆発する訳がないだろう!」
柔和な顔を豹変させて、激怒するカドス。
自分の発言を信じてもらえなかった事実に、リリは内心でショックを受けた。
(信じてもらえてない……!? リリ、ほんとに何もしてないのに!)
「何てことだ、あの品物は貴族に仕入れる大事な商品だったんだぞ! 【飛行の魔導具】の何十倍もの価格だったんだ。どうしてくれるんだ!?」
「え、えぇ!?」
「騎士学校の生徒だからと油断していたが、所詮妖精族だったか……とんでもないイタズラをしてくれたな!」
「ち、違うよ! リリ何もしてないよ!」
「嘘をつくな。ちゃんと証拠もあるんだぞ――」
そう言ってカドスは箱の中から、粉々になった商品の残骸を漁り出す。
それは砕けた宝石のようであった。美しい翠色に煌めく鉱石の欠片だ。
「これが何だかわかるか? 魔術適正を調べるための魔導具、その残骸だ。箱の中にはこれが入っていたんだ」
……貴族達が魔術を得る為に【魔女の血】を飲む際、自分の適性を事前に確かめる必要がある。
その方法が特殊な鉱石を加工した魔導具。魔力を注ぐと自分の適正に応じて鉱石の色が変化するのだ。
赤なら火属性。青なら水属性。そして翠ならば――
「翠色になっているということは、お前の風属性の魔力に反応して変色したということだ!
――お前が普段、店内で風魔術を使っていることは知っているんだぞ」
「う、ぁ……」
「きっと魔力を過剰に取り込んだ結果、魔導具が破裂してしまったんだ。つまりこれはお前が壊したんだ。どう責任を取ってくれる!?」
カドスの指摘は筋が通っているように思えた。
実際、リリは店内で魔術を使っていた。しかし商品を吹き飛ばさないよう出力は最低限に抑えていたし、柔術で風と魔力の流れも制御していた。
リリ自身は魔術を使っても問題はないと判断していたのだ。だが……
(もしかしてリリが知らないうちに魔力があふれちゃった……? 魔導具が壊れたのも、ほんとはリリのせい……?)
激怒するカドスに詰め寄られ、リリはだんだん自信がなくなってきてしまった。
アルバイトを始めてからは修行の時間も減っている。自主練はしているが、気づかないうちに魔力制御が衰えていた可能性は否めない。
そうしてリリ本人が気づかない内に魔力があふれ、その結果魔導具が壊れてしまったのだとしたら――
(もしかして、ほんとにリリのせいで壊れちゃった? ど、どうしよう……)
「弁償してもらうぞ。壊れた適性検査用の魔導具の代金!
【飛行の魔導具】なんか目じゃない額だぞ。どうやって支払ってもらおうか……」
顔を真っ青にしたリリを見て、カドスの瞳に欲望の色が滲み出していた。
◆
――カドスがその計画を思いついたのは、リリを初めて見た時であった。
彼女は柔らかな唇に指を当てながら、店内で何かを探しているようだった。
(妖精族……しかも人間と変わらない大きさ! こんな人里に現れるとは、珍しい事もあるものだな)
カドスは表向きは魔導具商人だが、裏では悪徳貴族に非合法な商品を卸す、悪徳商人としての顔も持ち合わせていた。
その中には、希少生物の裏取引なども含まれている。
人の立ち入らない自然に住まう妖精は、街中に現れることはまず無い。
出会う事自体が珍しい妖精族は、裏では好事家達に高値で取引されているのだ。
目の前に現れた妖精、何よりリリのあどけなくも可憐な姿に見惚れたカドスは、すぐに彼女を手に入れる算段を企て始めた。
(こんな貴重な機会を逃す手はない。だが指先サイズの普通の妖精とは違う。無理矢理瓶詰めにするのは無理だろう……何か方法を考えなければ)
そして商人としての営業スマイルを貼り付け、リリに疑いを持たせず接触。
個人情報をさりげなく聞き出し、魔導具を餌にアルバイトの約束をさせることに成功した。
(まさか騎士学校の生徒だとはな。だが人間社会に溶け込んでいるというのなら、いくらでもやりようはある。例えば借金漬けにして奴隷にしてしまう、とかな)
手にした二週間の猶予を使い考えた策は、魔導具に細工をし、あたかもリリの不手際で壊れたかのように見せかける、というものだった。
そして賠償を要求すれば学生でしかないリリは支払えず、多額の借金を背負った債務奴隷となるだろう。
そうすれば後は言いなりだ。高く買い取ってくれる好事家にでも売り飛ばせばいい。
(人間と変わらぬ大きさ、知能、そして何より美しさ! きっととんでもない高値で売れるに違いない……絶対に逃してたまるものか!)
◆
ざっと突きつけられた金額を聞いて、リリの身体は小刻みに震え出した。
「リ、リリこんなにお金持ってないよ……」
「なら債務奴隷になるしかないな。働いて返せる額でもないし、待つわけにもいかない」
「そんなっ」
なんとか疑いを晴らすべく必死に考えるリリ。
逃げる事も考えたが、そうなれば罪を認めたのと同じだ。騎士に通報されて指名手配され、二度と王都では暮らせないだろう。
「……そうだ、騎士さんを呼んでよ! ちゃんと調べてもらえれば――」
「構わんが、妖精族のイタズラ好きは有名だからなあ。普段から騎士や貴族に商品を売っている私と、ただの妖精。騎士さんは果たしてどちらの言葉を信用するだろうなあ?」
呆れたような視線を向けるカドスに、リリは絶望した。
人間ではない彼女はティグルやフィレムを除けば、学園でも完全に馴染めたとは言い難い。
種族の違いという壁がどれほど高いものか、身を持って理解しているのだ。
(騎士さんがやってきても、リリが犯人じゃない証拠が思いつかない。それにもしかしたら、本当にリリが悪いのかも……)
リリが二週間何も気づかずアルバイトをしていた間、カドスは入念な準備を行なっていたのだ。
既に売却先の貴族にも目星を付け、話を通してある。貴族の力を借りれば罪の偽装も、息のかかった騎士をこの場に呼び出すこともできる。
(何の後ろ盾もない妖精一匹を嵌めることくらい造作もない。学園も異種族の平民をわざわざ庇いはしないだろう。もう逃れることはできんぞ)
(どうしよう、どうしよう……! リリがばかだったからこんなことに……どうしたらいいんだろう……!)
遂にリリの眼から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
堪えきれずその場にしゃがみ込んだリリは、その時あることに気づいた。
(……あれ?)
同時に、コンコンと店の扉を叩く音が聞こえた。
出入り口に意識を向けたカドスは、リリの変化に気づかない。
「――巡回の騎士だ。爆発音のようなものが聞こえたが、何かあったのか?」
カドスは扉越しの声を聞いてほくそ笑んだ。
事前にリリの罪をでっち上げるために用意していた、買収済みの騎士だ。
(クク、用意していた騎士が来たな)
「騎士様、ちょうど良いところに。少し問題が起きまして、お立ち会い頂けませんか? 今、扉を開けますので――」
営業用の丁寧な口調に切り替えたカドスは、既に勝利を確信していた。




