第50話 間話① フィレムと図書室の一幕
拝啓。
まだまだ剣の修行が足りないと、己の未熟を自覚するこの頃です。暑い夏の日が続きますが、父さん母さんお元気でしょうか。
学園に入学して少し経ち、身の回りの環境にも少しずつ変化が訪れています。
まず、友達ができました。リリという妖精族の女の子です。いつも俺と剣の修行に付き合ってくれる、初めての友達です。
贔屓目に見ても彼女は天才です。かの建国王アーサーと比較しても引けを取らない、柔剣の圧倒的な才能をもっています。成長すればいずれ、世に轟く剣豪となるでしょう。俺も彼女に負けないよう、共に切磋琢磨していく所存です。
それともう一人友達ができました。フィレムという貴族の少女です。騎士としての誇りを持ち、いずれこの国を代表する最強の騎士になりたいそうです。
彼女もまた優れた剣士の一人です。きっと将来、俺に比肩する程の剛剣使いになるでしょう。
公爵家当主でもあるフィレムは多忙なようですが、それでも時間を調整して鍛錬に付き合ってくれます。俺を倒して学園の頂点の座を奪い返す気でいるようです。何度倒してもへこたれず立ち向かってくるので、とても見込みがあります。
あの冊子に書かれていた通り、本当は百人くらい友達を作りたいと思っているのですが、まだまだ時間がかかりそうです。
最近はなぜか他の生徒から距離を取られているような気もするので、もう少し自分をアピールして距離を縮めていきたいと思います。
そして聞いた話によると、秋には騎士王祭という武闘大会が行われるそうです。
アヴァロン王立騎士養成学校だけでなく、世界中から猛者が集まり武を競い合う、王国を象徴する年に一度のお祭りで、優勝すれば【円卓の騎士】に迎えられることもあるのだとか。学園中の生徒が大会に向けて一層励んでいます。
無論、俺も優勝するつもりです。そして円卓の騎士を全員倒して、最強の剣士として世界中に名を轟かせます。
学園はもうすぐ夏季休暇です。
その際には一度、オグールド村に帰ろうと思います。手紙では書ききれなかった話もしたいです。
父さんと久しぶりに剣の修行もしたいし、楽しみにしています。
最後になりますが、お互い体調を崩したり病に罹らないよう、健康に気をつけて盛夏を乗り越えましょう。近い内の里帰りを楽しみにしています。
◆
「――こんな感じでどうだろうか」
「論 外 だ。
なんで円卓の騎士をぶっ倒す話になってるんだ?? 円卓の騎士を目指すものだろう普通は」
学園内部にある大きな図書室の一画。
俺はフィレムと二人で机に向かい合って、両親に宛てる手紙の内容を添削してもらっていた。
「? 最強の剣士を目指すなら、最強の騎士である円卓の騎士より強くならなければいけないばあろう? つまり全員倒す必要がある」
「あーわかった。お前はもう好きにしろ。お前の道があるならそれを歩めばいい。騎士として個人的にはお勧めしないが」
夏季休暇が目前に迫る中、俺はふと両親に手紙を送ることを思い立ったのだ。
思えば編入試験に合格した直後を除いて、一度も手紙を送っていなかった。
両親も俺が学園で上手くやれているか心配しているかもしれない。そう考えるといてもたってもいられず、こうしてフィレムに手紙の添削をお願いしてもらったのだ。
「ありがとう。他に手紙の問題点はあるだろうか?」
「……。手紙に私の名を挙げているが、誤魔化しておいた方がいい。お前の故郷は小さな村なんだろう? 下手に貴族、それも公爵家と関わりがあることを知られると、予期せぬトラブルに巻き込まれる可能性がある。
相手がお家騒動があったばかりの私の場合は、特にな」
そう言ってフィレムは俺の原案を見ながら、他の修正箇所に羽ペンで次々と打ち消し線を引いていく。俺が気づかなかった文法誤りなどにも線が引かれて、綺麗な字で修正案が書かれていた。
やはりこういった作法に関しての知識は、フィレムに頼るのが一番いいな。
俺も両親から簡単な知識は教わったが、やはり貴族としての知識には及ばない。
「こんな感じか。私の名前と身分は出さず、存在を仄めかす程度にしておけ。帰省の際に明かすかどうかは任せるが、自己責任でやれよ?」
「ああ。ありがとうフィレム、とても助かったよ」
横線だらけになった手紙を返してもらう。
“もう一人友達ができた”の部分には、打ち消し線は引かれていなかった。
「しかしこう言ってはなんだが、お前にも人の親が居たんだな。それに文字の読み書きができるとなれば、それなりに教養もあるとみたが」
「お前は俺を何だと思っているんだ。どんな人間にも生みの親はいるだろう。普通に考えて」
「いや、その……“普通”とはかけ離れた生態だったからな……実はどこかの山奥で獣に育てられた野生児ではないかと、密かに考えていた」
…………あながち間違ってないな。
俺の価値感の大半は前世で培ったものだし、それを教えてくれる親も師もいなかった。
だからこそ、俺に人間としての生き方と愛情を教えてくれた今の両親には深く感謝しているのだ。
「まあ、確かにちょっと変わった両親だったかもしれない。元々村の人間じゃなくて、外から引っ越してきたらしいからな」
「ふうん……? オグールド村といえば確か、かなり辺境にある小さな村だった気がするが……大きな町でなくわざわざそこに引っ越したのか。確かに少し変わっているかもな」
俺の両親について気になる点があるようだったが、フィレムはそれ以上深入りせず話題を打ち切った。
家庭環境は人それぞれ。デリケートな部分に触れやすい分、無闇に話すものではないと考えたのかもしれない。
「夏季休暇は二ヶ月近くあるが、その間ずっと村にいるのか?」
「いや、長くても一週間程度で戻ってくるつもりだ。残念ながら村には強者がいないからな……剣を振るう相手がいなければ、腕も鈍ってしまう」
「そうか。聞けばリリも学生寮に残るらしい。休暇中も学園は訓練用の場所は開放しているし、リリとの修行場所に困ることはないだろう」
そう言うとフィレムは席を立ち、近くの本棚を物色し始めた。
暇つぶしのつもりだろうか。律儀にも俺が修正を終えるまで待ってくれるらしい。
……そろそろ計画を実行に移すときだな。
俺は懐にしまってある、一冊の本に意識を向けた。
こうしてフィレムに手紙の添削をお願いしたのには、もう一つ理由がある。
『友達を作る百の方法』。図書室で見つけたこの本には、友達を作る方法や、仲を更に深める方法について多種多様な手法が記されていた。
俺の頭では理解するのに時間がかかってしまったが、先日ようやくその一部を完全に把握することができた。
今日はそれを実践する為に、こうしてフィレムを呼び出したのだ。
フィレムは襲撃事件以降、以前までの突き放すような態度がなくなり、険悪な雰囲気になることもなく普通に会話できるようになった。
事件の真相も、俺に決闘を挑んできた理由も話してくれた。彼女は俺とリリに頭を下げて謝罪したが、俺は彼女に悪印象は抱いていない。むしろ彼女は、俺たちを父親の手から守るために動いていたのだ。
理由も話せず、誰も近づけず、敗北は許されない。
それは孤独な戦いだっただろう。同情と敬服こそすれ、恨みなどあるはずがない。
だがフィレムは今でも、自分の方から俺たちに近づいてくることはほとんどない。
リリとの戦いや、たまに修行や決闘に付き合ってくれるようになってだいぶ距離感は縮まった気がするが、大抵は俺かリリの方から彼女を誘っている。
添削についても俺からのアプローチだ。向こうから接触してくることはあまりない。
もしかしたらまだ、俺たちに対して負い目があるんじゃないか、と思う。
誘われれば応じるが、自分から近づくような真似はしない。
彼女がどう思っているのかはわからないが、少なくとも友人としての関係は否定しなかった。
俺としてはもっと、彼女と仲良くできたら嬉しい。友達というのは多分、武を競い合う以外にも互いに助け合う関係だと思うからだ。
そこで役立つのが、俺の見つけたこの本だ。
俺は友達ができない原因を自己分析し、“剣以外の話がほとんどできないことが原因ではないか”と最近考える様になった。
そしてこの本には俺の問題を解決し、友人関係を深めるための方法が記されてあった。
『アドバイスその七! 相手の興味を惹けそうな話題を探そう!』
そうだ。剣しか話題がないのなら、それ以外の話題を見つければいい。
簡単な真実だったが、俺は目から鱗が落ちた気分だった。
剣以外の部分でフィレムと親しくなるならば、剣以外の話題を振るべきなのだ。
そして俺は彼女と会話できる機会を作り出し、こうして計画を実行に移そうとしていた。
「なあフィレム。騎士ってかっこいいよな」
「? ああそうだな」
「フィレム。円卓の騎士って強いんだろうな」
「まあそうだが……急にどうしたんだお前」
「フィレム、よかったら一緒に剣の手入れをしないか?」
「おいさっきから気持ち悪いぞ! 突然何を言い出すんだお前は」
「フィレム。図書室では静かに、だ」
「え、あぁ、済まない……? いや待ておかしくないか。お前に常識を説かれるとなんか腹立つ」
怒らせてしまった。
不味い。考えてあった渾身の話題ネタはもう尽きた。
このまま終わらせるわけにはいかない。何とか打開策を考えなければ。
「話題……話題……」
事前策が尽きたなら、今この場で新しく見つけるまで。
そうだ。ここは図書室だ。ならばそれに沿った話題を振ればいいではないか。
「フィレム、好きな本とかはあるか?」
「さっきから何なんだお前は……別に、これといっては」
怒りながらも律儀に答えてくれる彼女の視線が、何かを思い出したかのように逸れた。
一瞬躊躇うような仕草を見せるも、息を吐いて彼女は答えた。
「……強いて言うなら、『アーサー王物語』か。王国の民ならば誰でも知っている、始まりの騎士アーサーの生涯が記された本、いや物語か」
「!! アーサーの本が好きなのか! どの辺りが好みなんだ?」
「そうだな、かの英雄には様々な逸話が残されているが、特に建国前の話が好みだ。
若きアーサー王が仲間を集め、互いに競い合いながら騎士としての志に目覚めていく過程が――」
そこまで口にしてフィレムは、なぜか話すのを止めてしまった。
こほん、と咳をする彼女の頬は、何となく赤らんでいるように見える。
「……少し取り乱した。今のは忘れろ、いいな」
「なんでだ。もっとアーサーの話題を話してくれ。君の嗜好に興味がある」
「さっきからおかしいぞお前。何を企んでいる……?」
自分の身体をかき抱くようにして、俺から距離をとるフィレム。
あれ、ますます怒らせてしまったのでは……?
何故だ、途中までいい感じの感触だったのに。
「待ってくれ。決して怪しい事を企んでいる訳じゃない……」
どんどん距離を取りつつあるフィレムを呼び止めながら、俺は必死に他の話題を探す。
ふと、フィレムの揺れる赤髪に目が留まった。
「フィレム。そういえば以前から髪型が変わったよな」
「? ああ……」
自分の後頭部からぶら下がる、一本の髪の束に触れるフィレム。確かポニーテールという髪型だったか。
以前の彼女は髪を纏めず、長髪をストレートに下ろしていたはず。だがあの事件以来、なぜか彼女は髪を結うようになった。
……そうか。どこか既視感があったと思ったが、リリの髪型だ。
普段リリの髪型は、金髪を二つに纏めたツインテールだ。あのぴょんぴょんと元気に跳ねる綺麗な髪の束が、フィレムのポニーテールと重なる。
「それ、もしかしてリリの真似なのか?」
「な」
「似合っていると思うぞ。個人的には前のストレートより好みだ」
フィレムは石像のように固まったかと思うと、見たこともないくらい顔を真っ赤にして震え出した。
白い肌が赤く染まっていく様子は、赤色の髪と相まって実に綺麗だ。
「ふ」
「ふ?」
「ふふふざけるなよこの愚か者ぉ!! 私を辱めるために呼んだのか貴様はー!!?」
耳まで赤く染まったフィレムは、呼び止める間もなく図書室を飛び出してしまった。
……。めちゃくちゃ怒らせてしまった。一体何がいけなかったのだろうか。
「難しいな……人間関係というものは……」




