第48話 紅蓮の決意
(三人称視点)
「……」
「……」
学園の最上階にある学長室。
そこでルフォスとフィレムは、二人きりで対峙していた。
「派閥の長としてこうして対話するのは初めてかもしれないね。……安心したまえ。ここでの会話は外部に漏れないよう対策してある。気を楽にして話してくれればいい」
「……フン」
やや不機嫌そうに、フィレムは用意された席に座った。
「思い切った真似をしてくれたな」
そう言ってフィレム・ユーウェインは注がれた紅茶を口にする。
後ろで赤髪を結った彼女の頬には、痛々しい傷跡を隠すようにガーゼが当てられている。
「私になんの罪も被せず、そのまま学園に通わせるとは。何を考えている?」
「……いきなり核心を突くんだね。君とはもう少しゆっくりと話をしてみたかったのだが」
「私はそれほど暇ではない。くだらない要件なら帰るぞ」
睨みつけるフィレムの鋭い眼差しに、学園長ルフォスは両手を上げて首を振った。
事実、フィレムは多忙の合間を縫ってこの場所を訪れている。突然の当主交代と不祥事発覚に、ユーウェイン家は現在大混乱の最中なのだ。
「なら手短に話そうか。君が話してくれたように、学園としては君になんらかの処罰を与えるつもりはない今まで通り過ごしてくれればいい――それを正式に、私の口から明言しておきたくてね」
「……何を考えている? お前の立場からすれば、ユーウェイン家は目の上の瘤だろう。私に恩でも売りつけているつもりか?」
貴族至上主義を掲げていたユーウェイン派閥と、身分平等という在るべき姿に回帰しようとしていたルフォス勢力。
これまで水面化で勢力争いが行われ、貴族と平民、教師による学園独特のパワーバランスを築いていた。
それが、ユーウェイン家当主レオルドの投獄によりバランスが崩れたのだ。後継ぎのフィレムも所詮は学生。学園長としての立場を使えばどうとでもできる。
それこそ学園から追放してしまえば、学園は完全にルフォスの手中に収まるだろう。
だが、彼はそれをしなかった。フィレムにはその真意がわからないのだ。
「単純な理由だよ。学園の長が個人的な意図で生徒を差別するなど、あってはならない事だ。
……正直に言ってしまえば、確かにユーウェイン派閥は私の目的を果たす上で、明確な障害だった。だがそれはレオルドが当主だからであって、君個人が問題なのではない」
「…………」
「それに君が犯罪に加担した証拠がなかったからね。明確な証拠もなく罰を与えるのは、王国の法にも反する。
もっとも父君のように上手く証拠を隠滅しているならば、話は変わってくるが」
「皮肉のつもりか?」
「フフ、失礼。君の父君はそういった隠し事が得意だったからね。だが君が予想外の叛逆によって、様々な悪事が明るみに出た。
堕ちた紅獅子は法に裁かれ、また一歩王国は平和へと近づいた。王国の騎士の一人としても個人的にも、君には感謝しているんだよ」
フィレムはレオルドが隠していた、悪事の証拠を包み隠さず王国に明かした。
虐げてきた父親への復讐ではない。“そうあるべき”だと、フィレムが己の理想に準じたからだ。
「……父の騎士道と、私の騎士道は違った。それだけだ。そこに何の意図も感傷もない」
「そうか。――ならば問おう。君の騎士道とはなんだい?」
フィレムは一瞬、室内の空気が張り詰めるような錯覚を覚えた。
ルフォスの表情に変化はない。いつも通り、穏やかな笑みを崩さない。
だがその視線には何となく別の感情が……ルフォス個人の意思が込められているような気がした。
「王国と民を守る誇り高き騎士。何者にも負けず侵されず、全ての騎士と貴族の模範となる存在であり騎士の頂。それを理想とし、歩み続けることだ」
「…………」
フィレムの澱みない返答に、ルフォスは一瞬沈黙した。
互いにその視線を、決して逸らすことはしなかった。
「……ふ。いい志だ。まるで建国王にして始まりの騎士、アーサー・ペンドラゴンの思想を思い出すよ」
「王国の騎士ならば誰もが、一度はその理想を思い描くだろう。私は父上に怯えその理想から目を逸らし続けていた。それに気づいただけだ」
「……。私はかつて、君の父君……レオルドと同僚だった。彼がかつて抱いていた誇りも生き様も、そして堕ちていく様も、それなりに知っているつもりだ」
まるで何かを思い返すように、ルフォスが視線を逸らす。
カップに注がれた紅茶はとっくに冷めていた。
「茨の道だぞ。今の王国で、その理想を貫き通すのは。
レオルドにはそれができなかった。君にはできるのかい?」
「――愚問だな」
フィレムは迷いなく、冷えきった紅茶を飲み干す。
紅蓮の瞳がギラギラとした光を宿し、ルフォスを睨みつけていた。
「できるかどうか、ではない。やるかどうかだ。
立ち止まるのは容易で利口だ。だがそれでは夢には届かない。やると決めたならば、燃え尽きるまで歩き続ける。私はそんな愚か者でいい」
「――――」
「それが頂を目指す者の志だと、私は教えてもらった」
「そうか。良い友達ができたんだね、フィレム・ユーウェイン」
「……フン」
雌獅子は鼻を鳴らすだけ。しかしその返答に満足したのか、ルフォスは穏やかに目を細めた。
カチャリ、と陶器の音を鳴らし、互いのカップが空となる。
「ならば一人の教育者として、私は君の夢を応援しよう。これからも学業に励むといい」
「……言われなくともそのつもりだ。だが一つ、私からも聞いておきたいことがある」
「なにかな」
「私を泳がせていただろう。学園に入学を許可した時から、ずっと」
「――――」
「まるでこうなることを見透かしているようだった。父との勢力争いにも、お前は本気で取り組んでいないようにみえた。円卓の騎士を辞めてまで学園長の座に就いたのもそうだ。貴様の成し遂げようとしている目的がわからない。
……何を企んでいる?」
「……他意はないよ」
緩やかに首を振るルフォス。
「レオルドの黒い噂は以前から知っていた。だがその娘までが、同じ思想を持つとは限らないだろう? 何の確証もない曖昧な理由で、子供の未来を潰すなど馬鹿げている。蛙の子は蛙という諺があるが、私はあれが好きではなくてね」
「……」
「私は君が父親と別の道を歩むことに賭けた。それだけだよ」
「……、そういうことにしておこう。今はな」
用は済んだとばかりに、フィレムは席を立った。
「同じ公爵家として、貴様とは長い付き合いになるだろうからな。裡に隠した貴様の野望はいずれ暴いてやるとも」
「ふふ、楽しみにしているよ」
そう言ってフィレムが去った後。
ルフォスは一人静かに、窓の外に視線を向けた。
「彼女をこうも手懐けるとは。ティグル・アーネストを入学させたのはひとまず正解だったかな」
「……だが彼にはもう少し協力してもらおう。学園だけでなく、この国の在り方そのものを造り替える為にもね」




