第46話 決着
(三人称視点)
夢中になって斬り合う。
回復手段があるとはいえ、お互いに傷のことなどほとんど考えていない。
この程度で死にはしないと互いに信頼しているのもある。
だが一番の要因は、ただ目の前の好敵手に勝つ。その事だけに、持てる全てを注いでいることだろう。
だが、勝敗は平等には訪れない。
決闘には必ず、勝者と敗者が存在する。
戦いの天秤は、少しずつ勝者へと傾いていく。
(ッ、ダメだ。フィレムに追いつけなくなってきた……!)
内心そう焦りを浮かべるのはリリであった。
先ほどまで互角に打ち合っていた筈の剣。だがほんの僅かに、リリの剣が遅れ始めている。
(フィレムの剛剣は、打ち合う事に少しずつ強くなってきてる。リリの力をちょっとずつ取り込んでるんだ。一回でも受け流しを失敗すればリリの負け……)
戦いが長引けば長引く程、リリにとっては不利になる。
妖精族であるという、剣士にとっての欠点。それは体力の少なさ。
(やっぱり純粋な体力勝負だと勝てない。もっと工夫をこらさなきゃ)
だがそんな事実にも悲観せず、リリは自分の技術のみを信じ剣を握る。
その技だけでかつてない強敵を倒したばかりなのだ。今の自分ならフィレムにも勝てると、強く自分を信じ込んでいる。
(……気配が変わった。仕掛けてくるか)
そして、フィレムもまた戦況の変化は感じ取っていた。
ダメージレースを続けるならそれでよし。戦法を変えるならば、真正面から打ち砕くのみ。
それが彼女の理想であり、強者の戦い方だからだ。
「――――」
先ほどまでの荒々しい剣の応酬とは打って変わって、リリはゆっくりと近づいてきた。
全身を脱力して、だらりと剣を下げリラックスしたまま。まるで散歩でもしているかのように。
すたすたと、歩いてくる。いつも通りの純粋な笑顔を浮かべながら、フィレムの射程範囲に入り込む。
(見事な度胸だ。私が動いた瞬間を狙っているな)
フィレムにとって苦しい展開は、懐に潜り込まれることだ。
小柄で機動力のあるリリに飛び込まれると簡単には捕まえられない。長剣では至近距離の敵を斬るのには向いていないし、下手な動作は力を跳ね返されてしまう。
だからリリは待っている。フィレムが先に攻撃し、僅かな隙を作り出す瞬間を。
(後の先という訳か。いいだろう――)
どの道近づいてくるリリをこれ以上無視はできない。フィレムは勝負に乗った。
一歩。リリの片足が地面を離れた瞬間。
予備動作なしの状態から全身の筋肉をバネのように動かし、超速でフィレムは剣を薙ぎ払った。
零から百、とは言わずとも、ティグルの得意とする溜め無し行動であった。
【極点】に触れた彼女にとって、これも模倣できるのは当然のこと。
(いくよ、フィレム)
しかしそれは、リリも同じ。
僅かな筋肉の硬直、力の流れを見切り、完全に攻撃のタイミングを把握していたリリは、ふわりとその場で舞った。
まるで落ち葉が渦を巻くように、薙ぎ払いの風圧でリリは空中回避してみせたのだ。
何事もなかったかのように着地し、リリは再び歩みを進める。
(なんだ今の動きは、妖精はそんな事もできるのか!?)
内心驚嘆しつつも、フィレムは連続で畳み掛ける。
だがその度にリリはふわりと浮き上がり、風に舞う花びらのように捉えることができない。
卓越した重心操作と、妖精族の軽さを活かしたリリだけの回避法。彼女が編み出した自分だけの戦い方だ。
(私とはやはり真逆の戦術! 身のこなしがあまりにも軽過ぎる!)
懐に潜り込まれないように、フィレムは後退と攻撃を交互に繰り返す。
先ほどまでと同じく、長期戦に持ち込むことで相手のミスを誘う戦法。フィレムの剛力ならば一度でも当たれば勝敗はつく。
……しかし。ダメージレースで疲弊していたのは、リリだけではなかった。
「っ!」
リリに風の刃で斬られた足。
自然回復を促進させ最優先で治していたものの、完治はしていなかった。
それが立て続けの重心移動に耐えきれず、遂に悲鳴を上げたのだ。
戦況が傾く。
僅かに重心がずれ、踏み込みの甘い一撃が放たれる。
失態に気づいたフィレムだったが時遅し。リリはその瞬間を見逃さない。
力の制御を手放したその一撃を、横からリリの細い指が絡めとる。
くいっ、と剣を軽く捻る。傍目にはそれだけの動作に見えた。
だがリリの天才的なベクトル制御によりフィレムの力は真逆に跳ね返され、自身の力で右手首を砕かれた。
そしてリリは即座にフィレムの剣に飛び乗り、追撃を防ぎながら一息に詰め寄る。
攻守後退。だがフィレムの反応も早かった。
(させるかッ!)
利き手が砕かれるや否や、高速で左手に剣を持ち替える。
そして剣を無理やり振り回し、剣ごとリリを薙ぎ払おうとした。
(伝わってるよ。フィレムのその動きも全部)
リリはその場で空中浮遊し、風車のように回転。
三枚の翅による極短時間の飛翔。回避しつつ体勢を変え、追撃の手を緩めない。
そしてとうとうフィレムの射程の内側、懐へと侵入する。
フィレムの傷ついた足ではもう、逃げきれない。
(来たか。ならば私も覚悟を決めよう)
燃えるような高揚に身を焦がしながら、それでもフィレムは冷静だった。
回避を諦め、正面から受け止めることを選ぶ。
(生半可な攻撃は剛剣に通用しない。逆にその力を取り込んで見せよう)
剛剣使いの強みは半端な攻撃を受け止める防御力と、攻撃を吸収して自分の力として蓄えられる点だ。
重戦車の如き多重装甲。これを貫くのは容易ではない。
(傭兵さんの時と同じ。リリの力じゃフィレムの守りを貫けない。だったら――)
疲弊しきった今のリリに【極点】は使えない。
故にとったのは、別の選択肢であった。
「フッ!」
疾く鋭く、空色の軌跡がフィレムに迫る。
何の変哲もない斬撃。被弾箇所を予想して力を集中させたフィレムの防御に、簡単に弾かれてしまう。
だが、それだけだった。
弾いただけで、エネルギーを吸収できていない。
(なんだ、今の軽さは!? 本当に斬られたのか!?)
驚愕するフィレムをよそに、リリは素早く連続攻撃を仕掛ける。
だがどれも攻撃が軽い。軽過ぎる。
重さのない攻撃。速さと鋭さだけの斬撃。
力ではなく技をもって斬る戦法。
まるで肌を撫でるような寸止めだ。だがこの戦況においては有効であった。
重さのない一撃から、一体何を吸収できると言うのか。
(吸収能力への対策か! 不味いっ!?)
(力なんかいらない。技があればそれだけで斬れる。リリならできる)
リリの自信と技術は、この死闘の最中において極限の脱力状態を実現していた。
軽く、速過ぎる斬撃の嵐。フィレムはそれを受け続けるしかない。
だがティグルほど、器用に防御箇所を切り替えられる訳ではない。
徐々に守りが追いつかず、力も吸収できない。フィレムの体力が著しく消耗していく。
(――――)
段々と、フィレムの反応が鈍くなっていく。
出血が重なり、全身が傷だらけ。急所への攻撃は防いでいるが、もはや歩くことすらできない。
血濡れの雌獅子。リリはフィレムを女王の座から引き摺り下ろすべく、最後の一撃を仕掛ける。
(ここ、今! 絶対当たる!)
右手は砕け、左手は追いつかない。【極点】も防御も間に合わない。
そんな絶好の好機を見つけたリリの剣が、フィレムの首元に吸い込まれていく。
間違いなく意識を刈り取れる一撃。
「――それを、待っていたぞ」
だが獅子の紅眼からは、戦意の炎は消えてはいなかった。
急所へと迫る空色のサーベルを、フィレムはその牙で文字通り食い止めた。
「ぇ」
リリの口から唖然とした声が溢れる。
フィレムは痛みに耐えながら、ずっとこの好機を狙っていたのだ。
高速連続攻撃は、体力の少ないリリを激しく消耗させていた。
それにより最後の一撃の速度が、僅かに緩む可能性。そして急所を寸分狂わず狙ってくる可能性。
更にこの二つの可能性が同時に重なる可能性を、フィレムはこの極限状態で見出した。
その偶然が起きることを見越した一点賭けで、彼女は噛みつき白羽取りによるカウンターを狙っていたのだ。
騎士としての誇りと精神力、そして狂気染みた執念が、逆転の一手を見出したのだ。
(私は絶対に勝つ!! 勝ってお前達と同じ領域へと、高みへと喰らい付いて見せる!!)
そして致命的な隙を晒したリリの胴体に、フィレムの剣が直撃する。
利き手ではないうえ峰での攻撃だったが、十分な威力だった。
ベキベキと肋骨が音を立てて砕け、激しく吐血するリリ。
「ご、ぼっ……」
それでもリリはサーベルを手放さない。
咥えられた剣にぶら下がるような形で力なく血を溢すリリに、フィレムは決着の一撃を放つ。
(狩る)
再び剣が振るわれる。当たれば間違いなく意識を刈り取られる一撃。
――だが、リリの翠緑の瞳は、まだ星を見失ってはいない。
フィレムもそれに寸前で気づく。だがいかなる小技を繰り出そうと、それごと真正面から叩き潰すと決めた。
(やってみろリリ! この私を止めてみろ!!)
(……すごいなぁ、フィレムは――)
それは模倣であった。
折れていた右腕を掲げ、剣の軌道に挟み込む。
腕の肉が容易に裂け、刃が骨に到達する。
だがそこで止まった。骨身に染み付いたリリの体捌きは、骨に沿わせるように剣の力を滑らせた。
肉を切らせて骨を断つ。フィレムが自身の身を顧みずカウンターを仕掛けたように、リリも自身の骨で剣を受け流した。
「!!?」
(リリも、ああなりたい)
必殺の一撃が止められ、今度はフィレムが隙を晒した。
牙と腕。両方に力を集中はできず、どちらも半端な力しか込められていない。
その隙をついてリリは骨で受け止めたエネルギーを、サーベルを通してフィレムの牙に流し込んだ。
「ッッ!!!」
口内で衝撃が爆ぜ、仰け反るフィレム。だが咄嗟に口に力を集中し、気絶と剣を離す事は防いだ。
そのまま強引にサーベルを奪い取る。だが代わりに腕の力が抜けた所を、それをリリに絡め取られる。
(見事だリリ。お前はやっぱり私のライバルだ)
(すごいよフィレム。やっぱりリリのライバルだ)
互いの剣が入れ替わる。互いが最後の力を振り絞る。
二人の最後の一撃が、同時に放たれる。
(だが、勝つのは私だ!!)(だけど勝つのはリリだっ!!)
真正面から、ふたりの剣が交わる。
そして、決着の刻が訪れた。
◆
(……どちらが勝ってもおかしくない勝負だった)
決着を見届けたティグルは、高揚感に包まれながら感想を纏めていた。
マルルが倒れ込んだ二人に慌てて駆け寄り、回復薬をぶちまけている。
(両者の実力は拮抗していた。どちらが勝つかは俺にも予想できなかった)
(だが……結果的に勝敗を分けたのは、覚悟の差だった)
勝利の為に自らを犠牲にする覚悟。
フィレムは牙をもってそれに応えた。
……だが。リリが同じように、自分の腕を犠牲にする事までは予期できなかったのだ。
(リリにとっては一度経験した恐怖だ。それを自分から再現するなんて予想できなかったのだろう。
その一瞬の遅れが、勝敗を決定づけた)
口内から頭部へと流された衝撃を、フィレムは完全に防御できていなかったのだ。
そしてその揺らぎが、最後の交錯で現れた。
地面に力なく倒れ伏す二人を、ティグルは優しい眼差しで見守る。
――リリの小さく細い腕が、高々と天に突き上げられていた。
「……本当に強くなったな。おめでとう、リリ」




